日本の古い時代に使われた 令制国(りょうせいこく) や、
そこに属する 郡(ぐん)・郷(ごう) という仕組みは、
現代の都道府県や市町村と同じように、
地方の政治や生活を支える重要な自治の仕組みでした。
この記事では、
- 令制国って何?
- 郡・郷はどんな役割?
- なぜ地方自治が必要だったの?
という疑問を、日本史初心者でもわかりやすく整理します。
令制国と地方自治のポイント
- 令制国(旧国):天皇中心の国の基本行政区
- 郡・郷:もっと小さな単位の自治組織
- 目的:税の集め方・人の管理・地域の運営
- 流れ:奈良・平安時代 → 中世の武士政権へ
令制国とは何か?
日本は「国」で分かれていた
古代日本の行政は、
令(りょう)と格(かく) という決まりで統治され、
全国をいくつもの 令制国 に分けて管理しました。
令制国は、
今の 都道府県 の前身のようなもので、
中央政府(朝廷)によって管理されていました。
たとえば
- 大和国(やまとのくに)
- 摂津国(せっつのくに)
- 安房国(あわのくに)
などがありました。
郡と郷って何?
郡(ぐん)
郡は、
令制国の中にある地域のまとまり です。
令制国 > 郡 > 郷
というように、
さらに細かい単位の自治の場所として機能しました。
郡の役割は、
- 人口管理
- 土地の管理
- 年貢(税)の徴収
などで、
地域の大きな単位としての役割を果たしました。
郷(ごう)
郷は、
郡よりもさらに小さな地域 で、
村や集落をまとめた自治の単位です。
村同士が協力しながら
- 地域の祭り
- 土地の分け方
- 共同作業
などを取りまとめました。
ここにはまだ武士や役人ではなく、
地域の人々による身近な自治活動の原型がありました。
なぜ「地方自治」が必要だったのか?
中央だけでは管理できない
当時の交通や通信は遅く、
中央(朝廷)の命令を細かくすべて届けることはできませんでした。
そこで
- 地元で決める
- 地元で管理する
という仕組みが必要になります。
令制国・郡・郷は、
現場での判断や運営を可能にする「自治の仕組み」 だったのです。
令制国・郡・郷の変化
平安時代〜中世へ
この仕組みは、
奈良時代・平安時代を通じて機能しましたが、
やがて武士が力を持つ時代――
鎌倉時代・南北朝時代・室町時代 と進むと、
それぞれの地域で独自の支配者(武士)が出てきて、
令制国の「中央だけの支配」とは別の形の地方統治も生まれました。
つまり、
令制国という制度は形を変えながらも、
地方の自治という大きな流れの根っこ部分として使われ続けた
とも言えます。
例で覚える:令制国と郡・郷のイメージ
- 令制国 → 大きな「都道府県」
- 郡 → 都道府県の中の「市・郡」
- 郷 → 「町・村・集落」
ただし、
当時の制度は細かな違いや重なりもあり、
同じ名前でも時代によって意味が少し変わります。
令制国・郡・郷を知るメリット
① 現代の自治制度の理解につながる
今の
- 都道府県
- 市町村
- 県・市の役割
これらは、
令制国・郡・郷という歴史的な仕組みの変遷 を
知ることで、より深く理解できます。
② 歴史の流れをつかみやすくなる
地方の統治と国の統治は、
常に融通と変化を繰り返してきました。
令制国→中世の武士支配→近世の藩→近代国家
という流れは、
日本の政治史を理解する基礎 となります。
よくある質問(Q&A)
Q1. 令制国はいつまであったの?
形式としては、
奈良〜平安時代を中心に機能しました。
中世以降は武士権力が強まり、
役割が変わっていきます。
Q2. 郡や郷は現代にもあるの?
現在の市町村制度とは別ですが、
地方自治の原型として
古代〜中世の制度にその精神が残っています。
Q3. 令制国と藩は同じ?
いいえ。
令制国は 中央政府の制度、
藩は 武士の支配する領地制度です。
時代背景や目的が違います。
まとめ
令制国・郡・郷は、
古代から中世へ続く地方自治の基礎となる仕組みです。
中央(朝廷)だけでは管理できない地域の仕事は、
この自治の仕組みを土台にして運営されてきました。
歴史の中で制度は変わっても、
「地域を自ら守り、運営しようとする力」
――つまり 地方自治の精神 は、
現在の都道府県・市町村にもつながっています。

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