🌱 このページは、日本史が苦手な人向けに
南北朝時代という大混乱のあと、
どうして室町幕府がいったん安定できたのかを、
暗記ではなく「流れ」と「人の立場」からやさしく解説します。
はじめに|「ずっと混乱していたのに、なぜ?」と思ったあなたへ
南北朝時代と聞くと、
「天皇が二人いて」
「争いが長く続いて」
とにかく混乱していた、という印象が強いと思います。
では、ここで一つ疑問が生まれませんか?
あれほど混乱していたのに、
なぜそのあと室町幕府は“安定期”を迎えることができたのか。
実はここに、
日本史のとても大事なポイントがあります。
それは、
混乱の原因を、少しずつ整理していったからです。
全体の流れをつかもう|混乱から安定への道筋
まずは、大きな流れを見てみましょう。
- 南北朝時代:
正しさ(天皇の権威)と、実際の力(武士の武力)がバラバラ - 室町幕府の成立:
武士が中心となり、政治の仕組みを作り直す - 室町幕府安定期:
権威・権力・武力が、ある程度そろう
この「そろった」という状態が、
安定のカギになります。
南北朝時代は、なぜあれほど混乱したのか
南北朝時代の最大の問題は、
三つの力がバラバラだったことです。
権威:正しいとされる立場
→ 南朝(後醍醐天皇の系統)
権力:政治の仕組みを動かす立場
→ 室町幕府(足利氏)
武力:実際に戦える力
→ 各地の武士たち
これを例えるなら、
正しい社長はいる
会社のルールを決める人もいる
でも、実際に現場を動かしているのは別の人
という状態です。
このズレがある限り、
「誰の言うことを聞けばいいのか」
が分からず、混乱は終わりません。
室町幕府がまずやったこと|役割をはっきりさせる
南北朝の争いが終わったあと、
足利義満を中心とする室町幕府は、
まず 役割の整理 を進めました。
天皇の役割
- 国の「正しさ」を示す存在
- 文化や儀式の中心
将軍の役割
- 武士をまとめるトップ
- 政治の実務を担当
ここで大切なのは、
天皇を否定しなかったことです。
天皇の権威を守りつつ、
政治の実権は幕府が握る。
これによって、
「正しさ」と「実務」が分かれ、
大きな衝突が起きにくくなりました。
武士たちが幕府に従った理由
では、なぜ武士たちは幕府に従ったのでしょうか。
理由はとても現実的です。
室町幕府は、
- 土地の支配を認める
- 武士同士の争いを調停する
- 立場をはっきりさせる
という、
武士にとって都合のいい仕組みを整えました。
例えるなら、
「この会社にいれば、
ちゃんと給料と役割がもらえる」
という安心感です。
これによって、
武士たちは個人判断ではなく、
幕府というルールに従うようになります。
足利義満という存在の大きさ
室町幕府が安定できた最大の理由は、
足利義満の存在でした。
義満は、
- 将軍として武士をまとめ
- 天皇とも良好な関係を築き
- 明との貿易で経済も回した
まさに、
- 権威
- 権力
- 武力
の三つを、
一人でバランスよく扱える人物でした。
南北朝時代には存在しなかった
「調整役」が、
ここで初めて現れたのです。
それでも安定は永遠ではなかった
ただし、
この安定は ずっと続いたわけではありません。
義満の死後、
同じように三つの力をまとめられる人物は現れず、
幕府は再び弱体化していきます。
つまり、
室町幕府の安定は、
仕組み+人物の力で成り立っていた
ということです。
このバランスが崩れたとき、
再び日本は混乱へ向かい、
戦国時代が始まります。
おわりに|なぜ幕府は安定できたのか
南北朝時代の混乱を経て、
室町幕府が安定できた理由は一つです。
ズレていた三つの力を、
いったん一つの仕組みにまとめることができたからです。
正しさは天皇へ、
実務は幕府へ、
武力は将軍の管理下へ。
この整理があったからこそ、
室町時代には
文化が花開く「落ち着いた時期」が生まれました。
最後の3行まとめ
- 南北朝時代の混乱は、権威・権力・武力のズレが原因だった
- 室町幕府は、それぞれの役割を分けることで安定を実現した
- しかしその安定は、人物の力に支えられた一時的なものだった

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