ジャパレキ自由帳– category –
正解のない歴史を、想像しながら楽しむ場所。もしも話や現代とのつながりなど、自由な発想で日本史を味わうジャパレキ独自のコーナーです。
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修身が描いた「美しい日本」とは?四季・皇室行事・郷土愛から読む愛国心|第3章
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第3章の題名は「美しい日本」です。描かれるのは、梅・桃・桜が咲く春、稲穂と月が輝く秋、北風と雪に耐える冬、そして人々が暮らす郷土です。しかし、この章は日本の自然を紹介するだけではありません。 教科書は、春の明... -
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教育勅語と修身が描いた「よい日本人」とは?男女の務めと国民の務め|『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第2章
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第2章の題名は「理想の日本人」です。この章が描く「よい日本人」は、親を大切にし、学問に励み、誠実に働き、周囲と助け合う人でした。しかし、それだけではありません。皇室を敬い、国法を守り、国家の危機には公のため... -
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修身教育はどのように作られた?教育勅語と国定教科書の成立|『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第1章
修身教育は、教育勅語が出された明治23年(1890年)に突然始まったものではありません。学校教育の制度づくり、徳育をめぐる議論、教育勅語の成立、検定教科書の普及と教科書疑獄事件、国定教科書への移行が段階的に重なって形づくられました。 北影雄幸『... -
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靖国神社とは?修身教育での扱いと、戦後の論争
靖国神社は、なぜ現在も議論の対象であり続けるのでしょうか。 結論からいえば、戦没者を追悼する場という側面、国家が忠誠心を育てるために用いた歴史、現在は一宗教法人であること、いわゆるA級戦犯の合祀、政治家の参拝と政教分離、近隣諸国との歴史認... -
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大東亜戦争と太平洋戦争、呼び方が違うのはなぜ?
同じ戦争を、なぜ「大東亜戦争」「太平洋戦争」「アジア・太平洋戦争」と呼び分けるのでしょうか。 結論からいえば、呼称は単なるラベルではなく、どの地域・期間・戦争目的を中心に見るかを表します。どれか一つを無条件に正しいとするより、それぞれが含... -
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現人神と人間宣言とは?天皇観が変わった日
1946年の「人間宣言」で、天皇は本当に「私は人間だ」と宣言したのでしょうか。 結論からいえば、詔書にその言葉はありません。正式には1946年1月1日の詔書で、天皇と国民の結びつきが「天皇を現御神とする架空の観念」に基づくものではないと述べました。... -
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大東亜共栄圏とは?「共存共栄」の理念と、その実態
大東亜共栄圏は「アジア解放」の理念だったのか、それとも侵略を正当化する建前だったのでしょうか。 結論からいえば、掲げられた理念、政策を進めた側の意図、占領地で起きたこと、戦後の独立への影響を分けなければ理解できません。「共存共栄」が唱えら... -
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八紘一宇とは?理想の言葉が、対外進出のスローガンに変わるまで
「八紘一宇」は、最初から戦争の標語だったのでしょうか。 結論からいえば、古典の一節、近代思想家の造語、政府の国策標語は区別して考える必要があります。『日本書紀』には「八紘を掩いて宇と為す」にあたる表現がありますが、「八紘一宇」という四字語... -
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国体とは?一つの言葉が「異論を許さないもの」へと変わった経緯
「国体」とは、何を意味する言葉なのでしょうか。 結論からいえば、国体はもともと「国の成り立ちや政治のあり方」を表す幅のある言葉でした。しかし1935年の国体明徴声明を境に、天皇を統治権の主体とする解釈が政府によって正統とされ、異なる憲法解釈が... -
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修身とは?教科書からたどる、戦前の日本人が学んだ生き方
修身とは、近代日本の学校で、人としての行い方や社会の中での務めを教えた科目です。ここで最初に押さえたいのは、修身は教育勅語をもとに新しく作られた科目ではないということです。修身の授業は教育勅語より前からあり、明治23年(1890年)に教育勅語...
