2026年8月– date –
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出来事
水師営の会見とは?乃木希典が敗将ステッセルに礼を尽くした逸話
1905年(明治38年)1月5日。旅順近郊の水師営で、勝者と敗者、二人の将軍が向かい合いました。 日本の乃木希典大将と、ロシアのステッセル将軍です。 この「水師営の会見」は、のちに国語教科書にも取り上げられ、長く語り継がれる出来事となりました。 旅... -
出来事
1876年の士族反乱とは?神風連・秋月・萩で相次いだ反乱
1876年(明治9年)。わずか数か月の間に、各地で士族の反乱が相次ぎました。 熊本の神風連の乱、福岡の秋月の乱、そして山口の萩の乱です。 いずれも短期間で鎮圧されましたが、この年に積み重なった士族の不満は、翌年の西南戦争へとつながっていきます。... -
出来事
桂・タフト覚書とは?正式な条約ではない会談記録と韓国支配への影響
桂・タフト覚書とは何か。1905年の桂太郎とタフトの会談、韓国・フィリピンをめぐる内容、正式な条約や秘密協定ではない理由、韓国保護国化との関係を解説します。 -
文化
言文一致体とは?明治の文学が「話し言葉」で書かれるようになるまで
「〜にて候」「〜が如くあるべし」。 明治のはじめ、教科書も、論文も、公文書も、日常会話とはまったく違う、書き言葉専用の文体で書かれていました。 この文語体を、話し言葉に近い口語体へと変えていく運動が、明治の文学を大きく動かしていきます。 言... -
出来事
義和団事件(北清事変)とは?日本が連合軍の主力となった理由
義和団事件(北清事変)とは何か。外国勢力への反発から北京公使館包囲、8カ国連合軍、日本軍8820人の派遣、北京議定書、日英同盟・日露戦争への影響まで解説します。 -
出来事
大津事件と児島惟謙とは?司法権の独立を守った判断の光と影
1891年(明治24年)5月。滋賀県大津町(現在の大津市)で、一人の警護担当の巡査が、来日中のロシア皇太子に斬りかかりました。 大津事件と呼ばれるこの出来事は、日本とロシアを戦争寸前まで追い込みかねない外交問題であると同時に、司法の独立をめぐる... -
出来事
大逆事件と幸徳秋水とは?社会主義運動への弾圧と判決をめぐる問題
1911年(明治44年)1月。判決からわずか1週間ほどで、12人が死刑を執行されました。 そのなかには、ジャーナリストの幸徳秋水もいました。 大逆事件と呼ばれるこの出来事は、のちに、その多くが冤罪だったのではないかと指摘されることになります。 幸徳秋... -
出来事
辛亥革命と日本の対応とは?孫文を支えた日本人たちと、割れた政界の意見
1911年(明治44年)10月。清の武昌で、一人の軍人の蜂起がきっかけとなり、各地に反乱が広がりました。 この年の干支が「辛亥」であったことから、のちに辛亥革命と呼ばれる出来事です。 この革命の背後には、日本に亡命し、日本人に支えられていた革命家... -
制度
お雇い外国人と工部大学校とは?日本の近代化を支えた外国人技師と教え子たち
明治政府が、近代国家をつくろうとしたとき。そこには、決定的に足りないものがありました。 西洋の知識と技術です。 その不足を埋めるため、政府は数多くの外国人専門家を、高い給与で日本に招きました。 「お雇い外国人」と呼ばれる人たちです。 お雇い... -
人物
岩倉具視とは?公家から近代国家の指導者へ
公家の家に生まれ、朝廷の内側から、幕府を終わらせる政局を動かした人物がいます。 岩倉具視です。 公家という立場から、近代国家の指導者へ。その転換は、明治維新という出来事の性格をよく表しています。 王政復古期の朝廷政局を動かす 大政奉還ののち...
