2026年8月– date –
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思想・価値観
『私たちの精神――武士道を読み解く』全10記事まとめ|武士道は時代でどう変わったか
新渡戸稲造『武士道』への素朴な問いから始まったシリーズ全10記事のまとめです。鎌倉時代から現代まで、武士道という言葉が時代ごとにどう組み立て直されてきたかを、思想の骨格(第1部)と時代ごとの変化(第2部)に分けて紹介します。 -
思想・価値観
戦後、武士道はどう語られてきたのか?――武道の復活、企業倫理への転用、そして現代への問い
敗戦後、武道は国家主義・軍国主義に加担したものとしてGHQにより一時禁止され、スポーツとして再出発しました。一方で学術研究では、新渡戸稲造の武士道像そのものへの批判も根強くあります。「現代日本人に武士道が残っている」と一括りに断定できない理由と、良い面・危うい面の両方を考えます。 -
思想・価値観
戦前の日本で武士道はどう使われたのか?――教育勅語・軍人勅諭と『武士道』の距離
国民道徳の基準を示した教育勅語(1890年)、軍人精神の基本とされた軍人勅諭(1882年)には、実は「武士道」という語は使われていません。武士道が国家思想と結びつくのは、井上哲次郎らがそれを国民道徳論の言葉として再構成していった、もう少しあとの時代のことでした。「武士道=軍国主義」と単純に言い切れない理由を史料から整理します。 -
思想・価値観
幕末・明治時代、武士はどのように消えたのか?――士族の解体と『武士道』の再発見
幕藩体制の解体、士族という新しい身分の成立、秩禄処分・廃刀令による特権喪失という、制度としての武士の消滅過程を史料と研究にもとづいて整理します。武士がいなくなったあとに『武士道』が語られ始めたという時間的な順序にも注目します。 -
思想・価値観
江戸時代の武士は何をする人になった?――儒学・古学と武士倫理の再編
戦がなくなった江戸時代、武士は「戦う人」から「治める人」へと役割を変えていきました。幕府が採用した朱子学と、それを批判した伊藤仁斎・荻生徂徠・山鹿素行らの古学、藩校という教育機関の広がりを通じて、江戸時代に武士倫理がどう整理し直されたのかを史料と研究にもとづいて整理します。 -
思想・価値観
戦国時代の武士は誰に従った?分国法・寄親寄子・貫高制で見る主従関係
戦国大名は家臣をどう組織し、統制しようとしたのでしょうか。分国法という成文法、寄親・寄子制という擬似的な親子関係、貫高制という軍役の統一基準など、御恩と奉公とは異なる仕組みを、史料と研究にもとづき整理します。「下剋上」という言葉の実態にも、北条早雲の事例を通じて迫ります。 -
思想・価値観
室町時代の武士は誰に従った?守護・国人・地侍と変わる主従関係
室町時代の武士は、将軍直属の奉公衆、守護を中心とする被官関係、国人同士の契約という、性格の異なる複数の結合が並存する社会を生きていました。鎌倉幕府の御恩と奉公だけでは捉えきれない、室町幕府と武士の結合を、史料と研究にもとづき整理します。 -
思想・価値観
武士道とは何か――仏教・神道・儒教から生まれた行動原理
「武士道」という言葉を聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、忠義・名誉・切腹といった断片的なイメージかもしれません。では、武士道とは結局何なのでしょうか。今回は、当シリーズの中心資料である新渡戸稲造 著、遠越段 訳・解説『"日本人"として私た... -
思想・価値観
士道と武士道は何が違う?――戦わない時代、武士に山鹿素行が求めた役割
戦のない江戸時代、武士は何のために存在したのか。山鹿素行が説いた「職分」と「士道」を一次資料・研究資料から整理し、新渡戸稲造『武士道』との違いを考えます。 -
思想・価値観
新渡戸稲造『武士道』とは?――なぜ英語で書かれ、何を伝えようとしたのか
新渡戸稲造の『武士道』はどんな本なのか。書かれた背景や込められた徳目を、英語原典と国内外の研究資料から整理し、現代にどう生かせるかを考えます。
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