出来事– category –
日本史の重要な事件・戦い・改革をストーリーで解説します。「なぜ起きたのか」「何が変わったのか」がわかる出来事ガイドです。
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殖産興業とは?工場・鉄道・銀行で日本の産業を育てた政策
殖産興業とは、政府が産業・交通・通信・金融を整え、外国から技術を学び、日本で商品を大量に生産して輸出できる国をつくろうとした政策です。富岡製糸場だけを指す言葉ではありません。工場を動かす人、物を運ぶ鉄道、資金を回す銀行までを一つの仕組み... -
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維新の三傑の最期|西郷・木戸・大久保、明治維新後に分かれた三つの道
明治維新、その後 維新の三傑の最期 西郷・木戸・大久保、明治維新後に分かれた三つの道 江戸幕府を倒し、新しい国をつくった三人。しかし、幕府という共通の相手が消えたあと、三人が選んだ道は少しずつ分かれていきました。 1877年5月26日木戸孝允 1877... -
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水師営の会見とは?乃木希典が敗将ステッセルに礼を尽くした逸話
1905年(明治38年)1月5日。旅順近郊の水師営で、勝者と敗者、二人の将軍が向かい合いました。 日本の乃木希典大将と、ロシアのステッセル将軍です。 この「水師営の会見」は、のちに国語教科書にも取り上げられ、長く語り継がれる出来事となりました。 旅... -
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1876年の士族反乱とは?神風連・秋月・萩で相次いだ反乱
1876年(明治9年)。わずか数か月の間に、各地で士族の反乱が相次ぎました。 熊本の神風連の乱、福岡の秋月の乱、そして山口の萩の乱です。 いずれも短期間で鎮圧されましたが、この年に積み重なった士族の不満は、翌年の西南戦争へとつながっていきます。... -
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桂・タフト覚書とは?正式な条約ではない会談記録と韓国支配への影響
桂・タフト覚書とは何か。1905年の桂太郎とタフトの会談、韓国・フィリピンをめぐる内容、正式な条約や秘密協定ではない理由、韓国保護国化との関係を解説します。 -
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義和団事件(北清事変)とは?日本が連合軍の主力となった理由
義和団事件(北清事変)とは何か。外国勢力への反発から北京公使館包囲、8カ国連合軍、日本軍8820人の派遣、北京議定書、日英同盟・日露戦争への影響まで解説します。 -
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大津事件と児島惟謙とは?司法権の独立を守った判断の光と影
1891年(明治24年)5月。滋賀県大津町(現在の大津市)で、一人の警護担当の巡査が、来日中のロシア皇太子に斬りかかりました。 大津事件と呼ばれるこの出来事は、日本とロシアを戦争寸前まで追い込みかねない外交問題であると同時に、司法の独立をめぐる... -
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大逆事件と幸徳秋水とは?社会主義運動への弾圧と判決をめぐる問題
1911年(明治44年)1月。判決からわずか1週間ほどで、12人が死刑を執行されました。 そのなかには、ジャーナリストの幸徳秋水もいました。 大逆事件と呼ばれるこの出来事は、のちに、その多くが冤罪だったのではないかと指摘されることになります。 幸徳秋... -
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辛亥革命と日本の対応とは?孫文を支えた日本人たちと、割れた政界の意見
1911年(明治44年)10月。清の武昌で、一人の軍人の蜂起がきっかけとなり、各地に反乱が広がりました。 この年の干支が「辛亥」であったことから、のちに辛亥革命と呼ばれる出来事です。 この革命の背後には、日本に亡命し、日本人に支えられていた革命家... -
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台湾征討(乙未戦争)とは?日本統治の始まりと台湾側の抵抗
台湾征討(乙未戦争)は、1895年の日清講和条約で清から日本へ割譲された台湾を、日本軍が武力で占領していった戦争です。 日本側では近衛師団長・北白川宮能久親王の困難な行軍と現地での死が、献身の物語として伝えられました。一方、台湾側から見れば、...
