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教育勅語と修身が描いた「よい日本人」とは?男女の務めと国民の務め|『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第2章

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『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第2章の題名は「理想の日本人」です。この章が描く「よい日本人」は、親を大切にし、学問に励み、誠実に働き、周囲と助け合う人でした。しかし、それだけではありません。皇室を敬い、国法を守り、国家の危機には公のために尽くす人でもありました。

章を読み進めると、個人の修養、家庭での男女の役割、兵役、総力戦が一つの道筋で結ばれていきます。第2章は、修身教育が日常道徳を教えるだけでなく、国家を支える国民像を形づくったことをよく示す章です。

この章で分かること

  • 修身教科書が「よい日本人」に求めた徳目
  • 教育勅語と修身教科書がどのようにつながったか
  • 愛国心が日常生活と非常時の奉公を含んだこと
  • 修身教科書が示した男女別の役割
  • 兵役・銃後・国家総動員へ重点が移った過程
目次

第2章の概要|「よい人」から「国家を支える国民」へ

第2章の中心にあるのは、「よい日本人とはどのような人か」という問いです。本書によれば、よい日本人になる第一歩は、自分の心身を整え、家族や周囲の人を大切にし、学問や仕事に励むことでした。その積み重ねが公共の利益、国力の充実、皇室への忠誠、国防へつながると説明されます。

ただし、すべての時期の修身教科書が同じ強さで戦争を語ったわけではありません。家庭や社会の徳目は各期に共通して見られますが、1930年代以降の教材では、忠君愛国、兵役、挙国一致、総動員が目立つようになります。普遍的に見える生活道徳が、時代の進行とともに戦時国家の要請へ接続された点が重要です。

修身教育の目的は「よい日本人」を育てることだったのか

本書の著者は、第一期から第五期までの国定修身教科書の見出しを数え、「天皇陛下」が16回、「明治天皇」が3回、「よい日本人」が8回、「よき日本人」が3回、「よい子供」が8回現れるとしています。そして「よい日本人」「よき日本人」「よい子供」の合計が19回になることから、修身教育の最終目的は理想の日本人を育てることだったと読み解きます。

この集計は本書独自の分析です。表記のまとめ方や対象巻によって数は変わり得るため、頻度だけで教育内容の重要度を確定することはできません。それでも、教科書が繰り返し「よい日本人」の具体像を示したことは、第2章の引用部分から確認できます。

第一期の「よい日本人」が挙げた徳目

最初に紹介されるのは、明治36年(1903年)11月発行の4年生用修身書です。教材は、神武天皇の即位以来、歴代天皇が臣民を慈しみ、臣民も皇室の繁栄を願ってきたと説明したうえで、児童に皇室を敬い、国を守る「よい日本人」になるよう求めます。

そのために必要な徳目は、次のように家庭・自分・社会・国家の四つに整理できます。

領域教えられた内容
家庭父母への孝行、兄弟の和、親類との親交、弱い人への思いやり
自分学問、知識、健康、勇気、志、忍耐、正直、勤勉、倹約
社会約束、信義、礼儀、名誉、寛容、親切、協力、近隣との親交、博愛
国家・公共公益に役立つ仕事、公民と国民の心得、皇室への敬意、国を守ること

教材に挙げられた徳目を順番に追うと、まず家庭では、父母に孝行を尽くし、兄弟は仲良くし、親類と親しみ、弱い人を憐れむことが求められます。自分自身については、学問に励み、知識を磨き、迷信を避け、身体を丈夫にし、勇気を養い、志を固くし、忍耐の習慣を身につけることが並びます。

生活態度では、正直であること、約束を守ること、時間を無駄にしないこと、勤勉であること、倹約することが挙げられました。人との関係では、友人に信義を尽くし、自分を誇らず、人の過ちは許しながら自分は過ちを犯さないよう注意し、人の名誉を重んじ、親切と礼儀を忘れないことが求められます。

さらに、人と力を合わせ、近所の人と親しみ、広く人を愛し、世のため人のために役立つ仕事をする。そのうえで、公民として公民の心得を、国民として国民の心得を守るように教えます。家庭内の行いから社会と国家への責任までが、一続きの道徳として配置されているのです。

ここで描かれる「よい日本人」は、まず自分を高める人です。迷信や根拠のない噂に流されず、知識を磨き、身体を丈夫にし、時間を大切にする。周囲の人に誠実で、相手の名誉を尊重し、世のため人のために働く。そのうえで皇室を敬い、国民としての務めを果たすという順序になっています。

本書はこの構造を、歴代天皇が臣民を慈しみ、臣民も皇室の繁栄を願ってきたという関係から説明します。子どもが自分を鍛え、人を大切にし、公共に役立つことは、最後には皇室を敬い「大日本帝国を守る」ことへつながる。第一期の教材では、人格形成と国家への忠誠が別々の目標ではありませんでした。

教育勅語と修身教科書は、どこが重なっていたのか

教育勅語は、父母への孝行、兄弟姉妹の友愛、夫婦の協調、友人との信頼、慎み、博愛を説きます。さらに学問と仕事、公益、法令の遵守、非常時の奉公へと話を広げます。第一期の修身書が挙げる徳目は、この構成と大きく重なります。

つまり、親孝行や正直といった一つ一つの徳は、個人のためだけに置かれていたのではありません。よい家庭を作り、よい社会を作り、最後には国家と皇室を支える国民になるための基礎とされました。教育勅語の徳目を、児童の日常生活へ具体化する役割を修身教科書が担ったと見ることができます。

「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」とは

教育勅語の「一旦緩急いったんかんきゅうあれば義勇公に奉じぎゆうこうにほうじ」は、国家に重大な危機が起きたとき、勇気をもって公のために力を尽くすことを求めた部分です。原文だけで「必ず命を捨てよ」と書いているわけではありません。しかし、後の修身教科書や戦時期の教育では、国のために一身を捧げる覚悟として強く説明されるようになりました。

本書は、独立国家が外敵に侵略されようとするなら、国民は戦いを避けてはならないという趣旨でこの言葉を読みます。西郷隆盛の「国が辱められるときには正道と義を貫く」という趣旨の言葉も紹介し、国を守る覚悟を「真正な日本人」の条件へ結びつけます。ここは教育勅語の原文、修身教材の説明、本書著者の解釈を分けて読む必要があります。

この考え方を現代へそのまま当てはめるのではなく、当時なぜそれが当然と考えられたのかを理解したうえで、今に生かせる部分と生かしてはいけない部分を分ける必要があります。天皇を敬うこと、自分を高めること、周囲と協力すること、嘘をつかず皆が幸せに暮らせるよう行動することには、今も考える余地があります。一方、国家への奉仕を個人の生命より常に優先させる考え方は、別に検討しなければなりません。

西郷隆盛の言葉と独立国家を守る論理

本書は西郷隆盛の言葉を引き、国が辱められる場面では、たとえ国とともに倒れることになっても、正道を踏み義を尽くすのが政府の務めだという趣旨を紹介します。そして、独立国家である以上、戦争を恐れるだけでは国を守れないという議論へ進みます。

ここから本書が読み取るのは、国を思い、国体を守るためには、一人一人が健康を保ち、知識と判断力を身につけなければならないという構造です。ただし、西郷の言葉、本書の解釈、教育勅語の原文が完全に同じ主張をしているわけではありません。引用された言葉を根拠に教育勅語が「戦争を恐れてはならない」と直接命じたと断定するのではなく、著者がそのように関連づけて読んでいると捉えます。

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