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思想・価値観
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』徹底解説|道徳教育はどう戦時化したのか
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』は、明治から昭和戦前期に使われた修身教科書の文章を、北影雄幸氏が10のテーマに分けて紹介・解説した本です。 この本の価値は、当時の子どもがどのような言葉で「よい生き方」を教えられたのかを、教科書の文章から追え... -
参考図書紹介
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』とは?戦前の道徳教育を知る一冊
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』は、明治から昭和戦前期の修身教科書を、現代の読者がたどるための本です。 この本の魅力は、当時の教科書の言葉に触れながら、修身教育が時代とともに変わった様子を読み比べられることです。ただし、教科書から採られた... -
ジャパレキ自由帳
現人神と人間宣言とは?天皇観が変わった日
1946年の「人間宣言」で、天皇は本当に「私は人間だ」と宣言したのでしょうか。 結論からいえば、詔書にその言葉はありません。正式には1946年1月1日の詔書で、天皇と国民の結びつきが「天皇を現御神とする架空の観念」に基づくものではないと述べました。... -
ジャパレキ自由帳
八紘一宇とは?理想の言葉が、対外進出のスローガンに変わるまで
「八紘一宇」は、最初から戦争の標語だったのでしょうか。 結論からいえば、古典の一節、近代思想家の造語、政府の国策標語は区別して考える必要があります。『日本書紀』には「八紘を掩いて宇と為す」にあたる表現がありますが、「八紘一宇」という四字語... -
ジャパレキ自由帳
国体とは?一つの言葉が「異論を許さないもの」へと変わった経緯
「国体」とは、何を意味する言葉なのでしょうか。 結論からいえば、国体はもともと「国の成り立ちや政治のあり方」を表す幅のある言葉でした。しかし1935年の国体明徴声明を境に、天皇を統治権の主体とする解釈が政府によって正統とされ、異なる憲法解釈が... -
出来事
台湾征討(乙未戦争)とは?日本統治の始まりと台湾側の抵抗
台湾征討(乙未戦争)は、1895年の日清講和条約で清から日本へ割譲された台湾を、日本軍が武力で占領していった戦争です。 日本側では近衛師団長・北白川宮能久親王の困難な行軍と現地での死が、献身の物語として伝えられました。一方、台湾側から見れば、... -
出来事
シンガポール占領とは?「アジア解放」の物語と占領下で起きたこと
1942年2月15日のシンガポール占領は、日本軍がイギリスの東南アジア拠点を攻略した出来事です。日本では「アジア解放」の大きな戦果として伝えられました。 しかし占領直後、日本軍は中国系住民を対象に大規模な検証・連行を行い、多数を殺害しました。シ... -
出来事
爆弾三勇士とは?自己犠牲の美談と、史料で確定できないこと
「爆弾三勇士」は、1932年の第一次上海事変で、鉄条網を爆破する任務中に戦死した江下武二・北川丞・作江伊之助の三人を、死後に英雄として呼んだ名称です。 三人が危険な任務に就き、爆発で亡くなったことは確認できます。しかし、自ら死ぬことを意図した... -
出来事
修身教育はなぜ終わったのか?GHQ指令と70年の道徳教育の終焉
修身教育は、1945年12月31日のGHQ指令により、日本歴史・地理とともに授業が停止され、教科書と教師用参考書の回収を命じられました。 これは「道徳を教えること」そのものの終わりではありません。軍国主義・極端な国家主義と結びついた戦前の教科・教材... -
出来事
教科書疑獄事件とは?汚職から生まれた国定教科書制度の始まり
教科書疑獄事件は、1902年に発覚した教科書採択をめぐる贈収賄事件です。この事件は、民間が作り国が審査する検定教科書から、国が直接編集する国定教科書へ移る直接の契機になりました。 ただし、国定化は事件だけで突然決まったのではありません。以前か...
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