明治時代– tag –
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日本政党史
日本政党史④|政府と政党の対立から提携へ
政府は政党を排除しきれず、提携を選んだ 1890年に帝国議会が開かれると、政府と民党は軍備、行政費、地租をめぐって対立しました。 政府は1891年に衆議院を解散し、翌年の総選挙では地方官と警察官を使って選挙へ介入します。それでも、民党を衆議院から... -
日本政党史
日本政党史③|憲法・総選挙・帝国議会
憲法と議会は、政党を政治の外へ置けなくした 1880年代の自由民権運動では、国会を開くことが大きな目標でした。ところが、1890年に帝国議会が始まると、政党の課題は変わります。 演説、建白、請願によって政府へ要求を届けるだけではなく、選挙で議員を... -
日本政党史
日本政党史②|政党競争の始まりから三大事件建白運動まで
自由党・立憲改進党・立憲帝政党が結成されても、自由民権運動は穏やかにならず、自由党は1884年に解党しました。 その理由は、政府の弾圧だけではありません。政府と民権派の国家構想の違い、地方議会と県令の対立、松方デフレによる農村の困窮、一部活動... -
日本政党史
日本政党史①|明治六年政変から自由党成立まで
日本の政党が成立するまでには、明治政府内の対立、民撰議院の要求、各地の政治結社による全国運動がありました。 1873年(明治6年)の明治六年政変で、西郷隆盛、板垣退助、江藤新平、後藤象二郎、副島種臣らが政府を去ります。彼らは政府の外から批判し... -
人物
福沢諭吉とは?学問と独立を説いた明治の思想家
福沢諭吉の実物写真(出典:Wikimedia Commons) 福沢諭吉を通じて広めた思想家・教育者です。 福沢が繰り返し説いたのは、学問によって自分で考え、国や身分へ依存しすぎない「一身独立」でした。ただし、朝鮮や中国をめぐる後年の言論には、当時の国際対... -
人物
渋沢栄一とは?銀行と会社で近代日本の経済を支えた実業家
渋沢栄一の実物写真(出典:Wikimedia Commons) 渋沢栄一をはじめ、製紙・紡績・ガスなど多くの企業の設立や発展に関わり、日本の近代経済を支えた実業家です。 渋沢が目指したのは、利益だけを追う経済ではありませんでした。『論語』を判断の基準とし、... -
人物
西園寺公望とは?政党政治を育てた「最後の元老」
西園寺公望の実物写真(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」) 西園寺公望」として後継首相の推薦に関わりました。 西園寺の人生には矛盾があります。選挙を基礎とする政党政治を重んじながら、自身は憲法に規定のない元老として政治に影響を持ち続... -
人物
桂太郎とは?日露戦争と桂園時代を動かした首相
桂太郎の実物写真(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」) 桂太郎は、陸軍の制度づくりから政治へ進み、三度首相を務めた人物です。第一次桂内閣では日英同盟を結び、日露戦争を指導しました。 西園寺公望と交互に政権を担った時期は「桂園時代」と... -
人物
小村寿太郎とは?日英同盟とポーツマス条約を結んだ外交官
小村寿太郎の実物写真(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」) 小村寿太郎回復という、明治外交の三つの大きな局面を担った外交官です。 ポーツマス条約では賠償金を得られず、国内から激しく非難されました。しかし戦争を続ける余力が乏しいなか、... -
人物
陸奥宗光とは?条約改正と日清戦争を動かした外交官
陸奥宗光の実物写真(出典:Wikimedia Commons) 陸奥宗光の外交を担った外務大臣です。鋭い交渉力から「カミソリ大臣」と呼ばれました。 しかし、その人生は一直線の出世ではありません。政府転覆計画への関与を疑われて投獄され、出獄後に欧米を見て外交...
