修身教科書が示した男女の務め
第2章は「よい日本人」の次に、第二期・第三期の6年生用修身書から男女の務めを取り上げます。教材は、人として守る道と知識を得る必要は男女に共通するとしながら、男子と女子には異なる役割があると教えました。
第二期の教材では、男子は成長すると家の主人になって職業に従事し、女子は妻となって一家の世話をするとされました。修身の教えは男女とも守るべきですが、男子には剛毅果断、女子には温和貞淑が特に求められます。剛毅果断は強い意志を持って決断し実行すること、温和貞淑は穏やかで節操を守ることです。
一方で、知識を広めることは男女に等しく大切で、それぞれが務めを果たすために必要な知識を得るように教えました。女性は男性より体力が弱いと説明し、男性には女性をいたわることも求めます。そして女性を男性より劣ると考えるのは大きな心得違いで、男女は同じく「万物の長」であり、違うのは務めだと述べました。
| 男子に求めたもの | 女子に求めたもの |
|---|---|
| 剛毅果断、強い精神と身体 | 温和貞淑、家庭の和 |
| 職業に就き、家計を支える | 妻・母として家事と育児を担う |
| 国・社会・家庭を外から保護する | 家庭を整え、子どもを教育する |
| 学問、節度、社会と国家の繁栄への貢献は男女に共通 | |
女性を劣等としないが、役割は固定した
第二期の教材は、女性を男性より劣ると考えるのは「心得違い」であり、男女とも人間として価値を持つと述べます。その一方、女性の主な場所を家庭とし、母の養育が子どもの人格を通じて国家の盛衰に影響すると説明しました。家庭の和が一国の良風美俗を作るという論理です。
女性が一家を世話し、家庭の和楽を図ることは、国の良い風俗や文化を作る所以だとされました。母による子どもの養育は、その子の人格だけでなく、やがて国家の盛衰にも関係する。そのため女性にも、自分の本分の重要性を理解し、務めを全うすることが強く求められたのです。
第三期も「共通の道」と「別々の役割」を併記した
第三期の6年生用修身書も、人として、国民として行うべき道に男女の違いはないと説明します。社会の繁栄に努めることも、身持ちを慎むことも男女共通です。しかし、身体と性質が異なるため、実際の務めは自然に分かれるとしました。
教材の言葉では、「強いこと」は男子の持ち前、「優しいこと」は女子の持ち前です。国・社会・家を安全に保護するのは男子、家庭に和楽を与え子どもを教養するのは女子とされます。父は一家の長として家族を率い、家計を支えて外で働き、母は主婦として父を助け、家を整え、子どもを世話する。両者が調和して務めを果たせば、家も国も栄えるという家族観でした。
本書の著者は、これを戦前の修身が男女平等を説いた証拠として評価します。しかし、現代の男女平等と同じ意味ではありません。戦前の女性には国政選挙権がなく、旧民法の家制度のもとで夫婦の法的地位も対等ではありませんでした。教材は男女の人格的価値を認めながら、性別による役割分担を規範として固定したと捉えるのが適切です。
「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という家族像は戦前だけで終わりませんでした。戦後も長く一般的なモデルとして残り、現在は共働き、家事・育児の分担、家族の多様化によって大きく変わっています。だからこそ、教材が女性を劣等と明記しなかった点と、実際の選択肢を性別で狭く定めた点の両方を見る必要があります。
男子の「強さ」は徴兵制と結びついた
本書は、男子に強さが求められた背景を徴兵制と戦争の時代に結びつけます。明治維新後には西南戦争、日清戦争、義和団事件、日露戦争があり、その後も第一次世界大戦、満州事変、上海事変、日中戦争が続きました。男子は将来兵士になる可能性を前提に、健康な身体、強い意志、質実剛健、不撓不屈を求められました。
本書は、明治維新から日露戦争開戦までのおよそ36年間に、西南戦争、日清戦争、北清事変、日露戦争が続いたと整理します。北清事変は現在「義和団事件」と呼ばれることが多く、外国勢力に反発した義和団の動きに対し、日本を含む八カ国が出兵した出来事です。日清戦争とは別の事件です。
さらに日露戦争終結から太平洋戦争開戦までのおよそ36年間にも、第一次世界大戦、満州事変、上海事変、日中戦争などが起こりました。戦争が絶え間なく続いたと単純化はできませんが、徴兵制のもとで男子が軍人になり、戦場へ送られる可能性は現実のものでした。
本書の原画像にある表記は「不惜身命」です。自分の命を惜しまず使命を果たすという意味です。本書は、この一死殉国の覚悟を小学生のころから養うことが修身の重要な目的だったと評価します。ここも、教材に見える役割観と、著者が軍人精神を称揚する説明を分ける必要があります。
一死殉国は、命を捧げて国に尽くすことです。本書は、この精神は一朝一夕には身につかないため、小学生のころから心身を鍛え、自分の血肉にしなければならないと説明します。純粋で崇高な愛国心を児童へ教えることを、修身の重要な目的として高く評価しているのです。

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