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白河上皇とはどんな人物?|「院政」を始めて政治を動かした元天皇

白河上皇(しらかわじょうこう)は、
平安時代の後半に活躍した天皇です。

日本史でとても有名なのが、
天皇を退いたあとも、上皇として政治を動かした人
ということ。

このやり方は
**「院政(いんせい)」**とよばれ、
平安時代の政治の流れを大きく変えました。

このページでは、
白河上皇の生涯と功績を、
初心者の方にもわかりやすく紹介します。


目次

年表|白河上皇の生涯をかんたんに

出来事
1053年誕生
1072年即位し、白河天皇となる
1086年位をゆずり、上皇となる
1086年院政を始める
1108年死去

白河上皇の特徴

上皇になっても政治を動かした

白河上皇は、
天皇の位をゆずったあとも、
実際の政治の中心に立ち続けた人物です。

これまでの政治は、
摂政や関白が中心でしたが、
白河上皇の登場で、
上皇が政治を行う時代が始まりました。


とても強い意志をもったリーダー

白河上皇は、
自分の考えをはっきり持ち、
簡単にはあきらめない性格だったといわれます。

貴族たちやお寺の勢力とも、
ときには正面から向き合い、
政治を進めました。


人を動かすのが上手

天皇・上皇・貴族・武士――
さまざまな立場の人を使い分け、
国を動かす力を持った人物でした。


エピソード|どうして院政を始めたの?

摂関政治からの転換

白河天皇が即位したころ、
政治の中心は
藤原氏の摂政・関白でした。

白河天皇は、
「天皇の力を取り戻したい」
と考えます。


上皇になるという新しい方法

そこで白河天皇は、
天皇の位を子どもにゆずり、
自分は上皇として政治を続ける
という方法をえらびました。

これが、
院政の始まりです。

このやり方によって、
藤原氏の力は弱まり、
政治の主役は
上皇へと移っていきました。


日本に与えた影響

院政という新しい政治の形をつくった

白河上皇の行った院政は、
その後の鳥羽上皇、後白河上皇へと受けつがれ、
平安時代後半の政治の中心になります。


武士が政治に近づくきっかけをつくった

院政のもとでは、
上皇のまわりを守るために
武士の力が必要になりました。

これが、
武士が中央政治に近づく
大きなきっかけになります。


平安時代の終わりへの流れをつくった

院政の時代が進むにつれ、
政治はしだいに複雑になり、
のちの源平の争いへと
つながっていきます。

白河上皇の時代は、
平安時代から武士の時代へ
移る大きな転換点でもありました。


まとめ|白河上皇は「政治の形を変えた人」

白河上皇は、
戦った武将ではありません。

けれど、
政治のやり方そのものを変えた人物です。

天皇を退いてからも、
国のかじ取りをにぎり続けた――
その発想が、
日本の歴史を大きく動かしました。

立場を変えても、
役割は終わらない。
白河上皇の生き方は、
それを教えてくれます。

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