後白河天皇(ごしらかわてんのう)は、
平安時代の終わりから鎌倉時代のはじめにかけて活躍した天皇です。
日本史でとても有名なのが、
源平の争いという大きな時代の変わり目を生き抜いた人物
ということ。
天皇であり、上皇であり、法皇でもありながら、
その立場を使い分けて、
激しい時代をしたたかに生きたリーダーでした。
このページでは、
後白河天皇の生涯と功績を、
初心者の方にもわかりやすく紹介します。
年表|後白河天皇の生涯をかんたんに
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1127年 | 誕生 |
| 1155年 | 即位し、後白河天皇となる |
| 1156年 | 保元の乱が起こる |
| 1158年 | 位をゆずり、上皇となる |
| 1159年 | 平治の乱が起こる |
| 1180年 | 以仁王の令旨を出す |
| 1185年 | 源氏が勝利、平氏が滅ぶ |
| 1192年 | 死去 |
後白河天皇の特徴
とてもしたたかな政治家
後白河天皇は、
一つの立場にこだわらず、
その時に一番力を持つ人と手を組むタイプでした。
それによって、
激しい争いの時代を生き残りました。
人の心を読むのが上手
武士や貴族の気持ちを読み、
うまく味方につける力を持っていました。
だからこそ、
源氏にも平氏にも関わりながら、
長く政治の中心にい続けることができたのです。
文化が大好きな天皇
政治だけでなく、
今様(いまよう)という歌や芸能を愛し、
文化の世界にも大きな影響を残しました。
エピソード|なぜ「したたか」と言われるの?
戦いの時代を生き抜く知恵
後白河天皇の時代は、
保元の乱・平治の乱・源平の争いと、
争いが続く大変な時代でした。
多くの天皇や貴族が、
争いに巻きこまれて力を失う中、
後白河天皇は、
立場を変えながら生き残る道を選びます。
武士をうまく使った
平清盛が力を持てば平氏と、
源頼朝が力を持てば源氏と――
後白河天皇は、
その時の勝ち組と手を組みながら、
自分の立場を守った人物でした。
日本に与えた影響
武士の時代への橋渡しをした
後白河天皇の時代に、
政治の中心は
貴族から武士へと移っていきました。
後白河天皇は、
その変化の中で、
新しい時代へつなぐ役目を果たした人物です。
天皇と武士の関係をつくった
後白河天皇は、
源頼朝に
**「征夷大将軍」**の立場を認めました。
これが、
鎌倉幕府が生まれる大きなきっかけになります。
文化を守り続けた
戦いの時代でも、
歌や芸能を大切にし、
平安文化の心を次の時代へつなぎました。
まとめ|後白河天皇は「時代の変わり目を生き抜いた天皇」
後白河天皇は、
理想の政治家というより、
現実をよく見て動く生き方を選んだ天皇でした。
きれいごとだけでは生きられない時代に、
したたかさで生き残り、
日本を次の時代へつないだ――
それが後白河天皇という人物です。
正しさだけでは、
時代は動かない。
生き抜く知恵も、
歴史をつくる力になる。
後白河天皇は、それを教えてくれます。

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