「くじ引きで将軍が決まった」――この異例さだけでも、足利義教(あしかが よしのり)の時代が“普通ではなかった”とわかります。
彼が目指したのは、弱りかけた幕府の主導権を、強い決断と統制で取り戻すこと。結果、幕府は引き締まる一方で、恐れと反発も一気に膨らんでいきました。
プロフィール|足利義教の基本情報
ひと言ポイント:僧から将軍へ。“立場の急転換”が政治の色を決めた。
- 名前:足利義教(あしかが よしのり)
- 生没年:※主要事典・通説では 1394年–1441年 とされることが多い(表記差あり)
- 立場:室町幕府 第6代征夷大将軍
- 将軍在職:1429年〜1441年
- 出自:足利義満の子(義満の四男または五男とされる)
- 僧名:義円(ぎえん)と名乗っていた時期がある
将軍になった経緯|「くじ」で決まったトップ
ひと言ポイント:正当性の弱さを、統治の強さで埋めにいった。
足利義教が将軍に選ばれた背景には、足利義量の早世と、後継が定まらない“空白”があります。
その後、石清水八幡宮で籤(くじ)を引く形で将軍が選ばれ、僧籍から還俗して就任した、と説明されます。
この出発点は、義教にとって弱点でもありました。
「なぜ自分が将軍なのか」を言葉より実力で示す必要があり、だからこそ政治が強権的に傾きやすくなります。
何をしたか|強権統治で“幕府の手綱”を握り直す
ひと言ポイント:相手に“相談”ではなく“従わせる”方向へ。
3-1. 国内:守護・有力者を押さえ、権力を中央へ
義教は、幕府が地方(守護大名)に押される流れを止めるため、命令の貫徹を重視した将軍として語られます(別名「悪御所」などの呼称が広がるのもこのイメージ)。
狙いはシンプルで、「幕府の言葉が全国に届く状態」を取り戻すことでした。
3-2. 関東:鎌倉公方問題に強く介入(永享の乱)
関東では鎌倉公方(足利持氏)と関東管領の対立が深まり、義教が討伐を命じた事件が「足利持氏をめぐる永享の乱」です。
ここで義教は「東の火種」を放置せず、幕府主導で処理しようとしました。
3-3. 外交・貿易:日明貿易(勘合貿易)の再開
4代将軍期に一時停止された勘合貿易が、義教の時代に復活(1432年)したとされます。
幕府の財政・威信の回復という意味で、対外政策も“主導権を握る道具”になっていました。
影響力|引き締めが効いた分、反発が限界まで溜まった
ひと言ポイント:統治が強いほど、敵の“覚悟”も固まる。
義教の統治は、短期的には「幕府が主導する政治」を見せました。
ただし同時に、守護大名や有力者側には「いつ処分されるかわからない」という恐怖が広がり、反発が地下で結晶化していきます。
その帰結が、将軍暗殺にまで至る「赤松満祐による嘉吉の乱」です。
義教の時代に何が起こったか|“緊張が連鎖する”年表
ひと言ポイント:事件の多さは、政治が強く動いた証拠。
- 1429年:室町幕府6代将軍に就任
- 1432年:日明貿易(勘合貿易)が復活とされる
- 1438年:永享の乱(鎌倉公方足利持氏をめぐる争い)
- 1441年:嘉吉の乱(赤松満祐が義教を殺害)
国内情勢|「幕府を立て直す」か「地方に任せる」かの分岐点
ひと言ポイント:室町は“中央集権”に戻れるのか問題。
義教期の日本は、幕府が全国を一枚岩で動かせる時代ではありません。
だからこそ義教は、関東問題への介入や、有力者統制を強めて、中央の統率を再建しようとした――ここが時代の核心です。
一方で、その強さは「合議で回る幕府」という雰囲気を壊し、政治を“恐怖で回す”方向に寄せてしまった、とも言われます。
敵対勢力・味方|義教政権の“地図”
ひと言ポイント:味方は“人”より“仕組み”。敵は“恐怖”から生まれる。
敵対(反発)側になりやすい勢力
- 守護大名層(処分・介入が強まるほど反発が蓄積)
- 関東の独自勢力(鎌倉公方を中心とする対立構造)
- 最終的に武力に出た勢力:赤松満祐(嘉吉の乱)
味方(政権を支える側)
- 幕府中枢(奉公衆・政所など“日々の政務を回す側”)
- 「幕府主導の秩序」が利益になる勢力(内乱鎮圧・貿易再開などで一致)
※義教の場合、「固定の味方」というより、幕府の決定に従う体制を作ること自体が目的でした。
まとめ|義教は“主導権回復”に成功しかけ、暗殺で終わった
足利義教は、将軍権威が揺らぐ時代に、強権で幕府の主導権を取り戻そうとした将軍です。
永享の乱で関東へ介入し、勘合貿易の復活で幕府の足腰を補強する。
しかし、強い統治は強い反発を呼び、嘉吉の乱で将軍暗殺という最悪の形で噴き出しました。
「引き締めで立て直す」か、「反発で崩れる」か。
義教の時代は、その分岐点が一気に表に出た時代です。
次におすすめ
- 将軍が“空白”になった前段 → 「足利義量|5代将軍:若くして就任し、短い治世で幕府に空白を残す」
- 義教の統治がぶつかった関東問題 → 「永享の乱とは?鎌倉公方足利持氏が追い込まれた理由」
- 義教の最期と室町政治の転換 → 「嘉吉の乱とは?赤松満祐が将軍を討った日」
- 外交とお金の動きが知りたい人へ → 「日明貿易(勘合貿易)とは?なぜ幕府は“海の利益”を欲したのか」
参考文献・資料
- 足利義教(概要・在職期間など)
- 嘉吉の乱(将軍暗殺の事件概要)
- 永享の乱(関東介入の概要)
- 日明貿易(1432年の復活言及を含む)

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