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光厳天皇の践祚

笠置山の戦いに敗れた後醍醐天皇は平等院へ送られました。

後醍醐天皇が平等院で幽閉されている間に京都では持明院統の光厳天皇が践祚していました。
後醍醐天皇は幕府へ従わない天皇として持明院統の光厳天皇を幕府が擁立したのです。

しかし、三種の神器は後醍醐天皇が所持しており光厳天皇は三種の神器なしの即位でした。

幕府は後醍醐天皇に三種の神器を光厳天皇に渡すように要求しましが後醍醐天皇はこれを拒否します。平等院に幽閉されていた後醍醐天皇を六波羅へ連れてくると何度も三種の神器を渡すように要求しました。拒否していた後醍醐天皇でしたが渋々承諾し三種の神器は光厳天皇に引き渡されることになりました。

その後、後醍醐天皇は隠岐に流されることになります。

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