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聖武天皇とはどんな人物?|仏教の力で国を守ろうとした天皇

聖武天皇は、奈良時代に活躍した天皇です。
日本史の中でも特に有名なのが、東大寺の大仏をつくった天皇としての姿でしょう。

災害や疫病が続く不安な時代の中で、
聖武天皇は「武力」ではなく、
仏教の力で人々の心をまとめ、国を安定させようと考えました。

このページでは、
初心者の方にもわかりやすく
聖武天皇の生涯と功績を紹介します。


目次

年表|聖武天皇の生涯をかんたんに

出来事
701年誕生(父は文武天皇)
724年即位し、聖武天皇となる
729年長屋王の変が起こる
735〜737年天平の疫病(天然痘が大流行)
741年国分寺・国分尼寺を全国に建てる命令
743年大仏をつくることを決定
752年東大寺大仏の開眼供養
749年位を娘にゆずり上皇となる
756年崩御

聖武天皇の特徴

仏教をとても大切にした天皇

聖武天皇は、
「仏教には人の心を救う力がある」と信じていました。

そのため政治にも仏教を取り入れ、
国全体を仏の教えで守ろうとしました。


大きなことを実行する行動力

全国にお寺を建て、
奈良には巨大な大仏をつくる――
これは当時としては、考えられないほど大きな事業です。

それでも聖武天皇は、
国の未来のために実行する決断をしました。


まじめで悩みやすい性格

理想が高く、人々のことを真剣に考える天皇でした。
その分、失敗や混乱に心を痛めることも多かったといわれています。


エピソード|なぜ大仏をつくったのか?

疫病で国中が苦しんだ時代

735年ごろから、天然痘が日本中に広がりました。
多くの人が亡くなり、
政治を支える貴族たちも次々と倒れていきます。

国は混乱し、
「この先どうなるのか」という不安が広がっていました。


大仏は「祈りの象徴」だった

この状況を見た聖武天皇は、
「人の力だけでは国を救えない」と感じます。

そこで考えたのが、
巨大な仏をつくり、国全体で平和を願うことでした。

こうして、
東大寺の大仏づくりが始まったのです。


日本に与えた影響

仏教が「国を支える存在」になった

それまでの仏教は、
個人や一部の人の信仰という面が強いものでした。

聖武天皇の時代から、
仏教は国家全体を守る考え方として広がっていきます。


東大寺と大仏が今も残っている

**東大寺**の大仏は、
約1300年たった今も奈良に残っています。

それは、
聖武天皇の「人々の幸せを願う気持ち」が
形として残ったものだといえるでしょう。


地方にも国の考え方が広がった

全国に建てられた国分寺によって、
都の考え方や文化が地方にも伝わりました。

これは、
日本という国を一つにまとめる大切な役割を果たしました。


まとめ|聖武天皇は「心で国をまとめた天皇」

聖武天皇は、
戦って国を治めた天皇ではありません。

祈り・信仰・象徴によって、
人々の心を一つにしようとした天皇でした。

不安な時代だからこそ、
「人の心のよりどころ」を大切にした――
それが、聖武天皇という人物です。

国を動かすとは、
人の心をどう支えるかを考えること。
聖武天皇の生き方は、今の私たちにも通じています。

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