藤原純友(ふじわらのすみとも)は、
平安時代の中ごろに活躍した武士です。
日本史で有名なのが、
瀬戸内海を舞台に反乱を起こした人物ということ。
関東で立ち上がった平将門と同じころ、
純友は西日本で戦い、
地方から国を変えようとしたリーダーでした。
このページでは、
藤原純友の生涯と功績を、
初心者の方にもわかりやすく紹介します。
年表|藤原純友の生涯をかんたんに
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 生年不明 | 伊予国(今の愛媛県)で育つ |
| 930年代 | 海の武士として力をつける |
| 939年 | 瀬戸内海で反乱を起こす |
| 941年 | 朝廷軍に敗れ、戦死 |
藤原純友の特徴
海を知りつくした武士
藤原純友は、
船の扱いにたけた
海の武士でした。
瀬戸内海の地形を生かし、
すばやく動く戦い方で
朝廷軍を苦しめました。
正義感が強く、まっすぐな性格
もともと純友は、
海賊を取りしまり、
治安を守る立場にいました。
ところが、
役人の不正や不公平を目の当たりにし、
**「このままではいけない」**と考え、
反乱へと進んだといわれています。
平将門とならぶ反乱の象徴
東の平将門、
西の藤原純友――
このふたりは、
平安時代最大の反乱の象徴として
並べて語られます。
エピソード|なぜ反乱を起こしたの?
地方の不満が限界に
平安時代、
地方では税が重く、
役人の不正も多くありました。
とくに海の地域では、
朝廷の目がとどきにくく、
人々の不満がたまっていました。
海から国を変えようとした
純友は、
瀬戸内海を自由に動ける力を使い、
朝廷に立ち向かいます。
港や役所をおさえ、
「地方にも声がある」
と全国に示しました。
日本に与えた影響
海の力の大きさを知らせた
藤原純友の反乱は、
「陸」だけでなく
「海」も国を動かす力になる
と示した出来事です。
武士の時代への流れを強めた
純友や将門の行動によって、
武士がただの警備役ではなく、
政治に影響をあたえる存在に
なりつつあることが明らかになりました。
地方の声を歴史に残した
朝廷の記録では、
純友は「反逆者」とされました。
けれど、
地方の人々にとっては、
不満を代弁した存在だったとも考えられます。
まとめ|藤原純友は「海から立ち上がった地方のリーダー」
藤原純友は、
朝廷にさからったため、
反逆者とよばれました。
しかしその行動のもとには、
地方の苦しさを変えたいという思いがありました。
陸の将門、
海の純友――
ふたりの存在は、
日本が「武士の時代」へ進む前ぶれでもありました。
変えたいと思う気持ちは、
小さな場所から生まれる。
藤原純友の生き方は、
それを教えてくれます。

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