MENU
記事を探す

藤原良房とはどんな人物?|はじめて「摂政」になった藤原氏のリーダー

藤原良房(ふじわらのよしふさ)は、
平安時代の中ごろに活躍した貴族です。

日本史でとても重要なのが、
天皇を助ける「摂政」になった最初の人物
ということ。

この藤原良房から、
藤原氏が政治の中心に立つ時代が本格的に始まりました。

このページでは、
藤原良房の生涯と功績を、
初心者の方にもわかりやすく紹介します。


目次

年表|藤原良房の生涯をかんたんに

出来事
804年誕生
842年承和の変が起こり、政界で力をのばす
858年清和天皇の摂政に就任
864年応天門の変で政敵をしりぞける
872年死去

藤原良房の特徴

天皇の外戚として力をのばした

藤原良房は、
自分の娘を天皇の后にし、
天皇の祖父として政治を動かす立場になりました。

このやり方が、
のちの藤原氏の「摂関政治」のお手本になります。


冷静で計画的な政治家

戦で目立つタイプではなく、
話し合いと仕組みづくりで力を広げた人物でした。

その落ち着いた行動が、
長く政界で生き残る理由です。


一族をまとめるリーダー

藤原良房は、
藤原氏の中でも中心となり、
一族をまとめあげました。

その結果、
藤原氏は平安時代を代表する名門になっていきます。


エピソード|なぜ「摂政」になれたの?

若い天皇を助ける立場

858年、
まだ子どもだった清和天皇が即位します。

そこで藤原良房は、
天皇の代わりに政治を行う
摂政に選ばれました。

これは、
人臣(天皇の家族以外)として初めてのことでした。


応天門の変で地位をかためる

864年、
宮中で大きな事件「応天門の変」が起こります。

藤原良房は、
この事件の対応を通して、
政敵を遠ざけ、
自分の立場をさらに強くしました。


日本に与えた影響

摂関政治のスタートをつくった

藤原良房が摂政になったことで、
天皇を助ける役として
摂政・関白が政治を動かす時代が始まります。

これは、
平安時代の政治の大きな特徴になりました。


藤原氏の黄金時代への道をひらいた

藤原道長や頼通など、
有名な藤原氏の政治家たちは、
藤原良房のやり方をもとに活躍しています。

良房は、
藤原氏の成功の「土台」をつくった人物です。


貴族政治の形を完成させた

武士ではなく、
貴族が政治の中心になる時代を、
はっきりと形にしたのも藤原良房の功績です。


まとめ|藤原良房は「摂関政治のはじまりをつくった人」

藤原良房は、
戦で名をあげた英雄ではありません。

けれど、
仕組みと立場で政治を動かす道を切りひらいた人です。

彼がつくった流れの先に、
藤原道長の時代があります。

力は、
目立つところだけにあるわけじゃない。
藤原良房の人生は、
それを教えてくれます

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次