守護大名– tag –
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出来事
御霊合戦とは?「応仁の乱が始まってしまった」京都の衝突
応仁の乱は、会議で始まったわけではありません。1467年、京都の上御霊神社付近で起きた衝突――**御霊合戦(ごりょうかっせん)**が、「もう止まらない」空気を作りました。 それまで政治は、ギリギリの調整で踏みとどまっていました。しかし、この衝突で“... -
人物
畠山氏とは?名門が「割れると危険」だった理由
応仁の乱の話になると、細川・山名の対立がよく知られています。しかし、実際に京都の戦いを“現実の衝突”に変えた導火線の一つが、畠山氏の家督争いでした。 畠山氏は、単なる地方武士ではありません。畿内(京都周辺)に深く関わり、幕府中枢にも出入りで... -
人物
畠山持国|有力守護・管領家:家督争いがのちの大乱へつながる
応仁の乱は、将軍家の後継問題だけで燃え広がったわけではありません。京都の政局を不安定にした大きな要因の一つが、有力守護(実力者)たちの“家の中”が割れたことでした。 その代表が、畠山持国です。幕府の中枢である管領を務め、政権運営を担った実力... -
出来事
応永の乱(1399〜1400):西国で反乱が起き、幕府の統制が試された(地方が動けば国が揺れる)
応永の乱は、**応永6年(1399)に西国最大級の守護大名・大内義弘**が、室町幕府の実力者 **足利義満に背き、堺で挙兵して敗死した反乱です。この事件は「反乱の勝ち負け」以上に、“地方の巨大勢力が動くと、中央の統治そのものが揺れる”**という室町政治... -
出来事
細川勝元とは?応仁の乱を動かした「東軍の柱」室町幕府の実力者
「戦国の入口」は、勝元の時代から始まっていた 応仁の乱は、戦国時代の始まりにつながる大内戦です。その中心人物の一人が、細川勝元(ほそかわ かつもと)。 勝元は、将軍家に仕える立場でありながら、実際には政治を動かせるだけの軍事力と影響力を持っ... -
ジャパレキ自由帳
混乱の南北朝時代を経て、なぜ室町幕府は安定することができたのか
🌱 このページは、日本史が苦手な人向けに南北朝時代という大混乱のあと、どうして室町幕府がいったん安定できたのかを、暗記ではなく「流れ」と「人の立場」からやさしく解説します。 はじめに|「ずっと混乱していたのに、なぜ?」と思った... -
時代まとめ
なぜ室町時代はこんなにややこしいのか― 日本史最大の混乱期を読み解く ―
このページは、日本史が苦手な人向けにむずかしい言葉をできるだけ使わず、暗記ではなく「物語の流れ」で室町時代を整理します。 「室町時代がいつも途中でわからなくなる…」そんな方も、安心して読み進めてください。 室町時代と聞いて、「正直、よくわか... -
出来事
室町時代から戦国時代へ――なぜ日本は争いの時代に変わったのか
日本の歴史は、室町時代から戦国時代にかけて、大きく姿を変えました。それまで続いていた幕府の統治が揺らぎ、全国で武将どうしが争う「戦国の世」へと進んでいきます。 「なぜ平和な時代から、争いの時代へ変わったのか?」この記事では、室町時代から戦...
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