応仁の乱– tag –
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出来事
御霊合戦とは?「応仁の乱が始まってしまった」京都の衝突
応仁の乱は、会議で始まったわけではありません。1467年、京都の上御霊神社付近で起きた衝突――**御霊合戦(ごりょうかっせん)**が、「もう止まらない」空気を作りました。 それまで政治は、ギリギリの調整で踏みとどまっていました。しかし、この衝突で“... -
人物
畠山氏とは?名門が「割れると危険」だった理由
応仁の乱の話になると、細川・山名の対立がよく知られています。しかし、実際に京都の戦いを“現実の衝突”に変えた導火線の一つが、畠山氏の家督争いでした。 畠山氏は、単なる地方武士ではありません。畿内(京都周辺)に深く関わり、幕府中枢にも出入りで... -
人物
畠山持国|有力守護・管領家:家督争いがのちの大乱へつながる
応仁の乱は、将軍家の後継問題だけで燃え広がったわけではありません。京都の政局を不安定にした大きな要因の一つが、有力守護(実力者)たちの“家の中”が割れたことでした。 その代表が、畠山持国です。幕府の中枢である管領を務め、政権運営を担った実力... -
出来事
応仁の乱とは?なぜ10年も続き、日本のルールが変わったのか
応仁の乱は「室町時代の内乱」として有名ですが、年号や名前だけ知っていても、正直わかりにくい出来事です。けれど、この戦いが重いのは “合戦の勝ち負け” ではありません。 応仁の乱は、京都で政治が止まり、全国が「中央の命令より、自分の都合」で動き... -
人物
足利義尚とは?応仁の乱の後で「幕府の威信」を取り戻そうとして、陣中で倒れた若将軍
はじめに|義尚は「戦国の入口」で、将軍の看板を背負わされた 足利義尚は、室町幕府の第9代将軍。父の足利義政が退いたあと、まだ幼い年齢で将軍職を引き継ぎます。 ただ、この時代はすでに「将軍が命じれば従う」という空気ではありません。義尚が直面し... -
人物
畠山義就とは?応仁の乱を“現実に動かした”畿内の主役——最後まで戦い抜いた守護大名
はじめに|「応仁の乱=細川VS山名」だけだと、核心が抜ける 応仁の乱は「細川勝元 vs 山名宗全」で語られがちです。でも、京で最初に火花が散り、“戦が止まらなくなる現場”を作ったのは、畠山家の家督争いでした。 畠山義就は、従兄弟の畠山政... -
出来事
山城国一揆とは?武士と民衆が「自治」を選んだ8年間
山城国一揆とは?武士と民衆が「自治」を選んだ8年間 「一揆」と聞くと、農民が蜂起した大反乱のイメージが強いかもしれません。でも山城国一揆は少し違います。 これは、応仁の乱後の混乱の中で、山城(今の京都南部あたり)が畠山氏の争いの戦場にされ続... -
人物
畠山政長とは?応仁の乱の火種になり、畿内の争いに飲み込まれた「管領」守護大名
はじめに|「応仁の乱」は、畠山家の内輪もめから燃え上がった 応仁の乱というと、細川勝元と山名宗全の対立が有名です。でも、その“導火線”のひとつが、畠山家の家督争い――つまり畠山政長と畠山義就の対立でした。 政長はただの「戦国武将」ではあ... -
出来事
室町時代の出来事一覧|流れがわかる年表と重要事件まとめ
室町時代の出来事は、先に全体の流れを押さえると「なぜ起きたか」「どこが転換点か」が見えやすくなります。▶ 室町時代まとめ(流れをつかむ)はこちら▶ 室町時代の人物一覧(主要人物から読む)はこちら 室町時代の出来事一覧|応仁の乱ま... -
出来事
細川勝元とは?応仁の乱を動かした「東軍の柱」室町幕府の実力者
「戦国の入口」は、勝元の時代から始まっていた 応仁の乱は、戦国時代の始まりにつながる大内戦です。その中心人物の一人が、細川勝元(ほそかわ かつもと)。 勝元は、将軍家に仕える立場でありながら、実際には政治を動かせるだけの軍事力と影響力を持っ...
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