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出来事
金融再生法とは?破綻処理のルールが変わった転換点
1997年、山一證券や北海道拓殖銀行などの破綻が続き、「大きいところでも潰れる」現実が国民の体感になりました。このとき問題になったのは、破綻そのものだけではありません。 破綻した金融機関を、どう処理して、混乱を止めるのか。その“手順”が弱いまま... -
出来事
公的資金投入とは?金融危機を止めるために国が選んだ策
1997〜1998年、日本では金融機関の破綻が相次ぎ、「預金は大丈夫か」「お金が回らなくなるのでは」という不安が広がりました。そうした危機を止めるために国が選んだ手段のひとつが、**公的資金投入(公的資金による資本注入)**です。 公的資金投入は、銀... -
出来事
山一證券破綻とは?“大企業も潰れる”時代が来た理由
1990年代の日本は、「不況だけど、そのうち戻る」という空気がまだ残っていました。けれど1997年のある日、その前提が崩れます。 山一證券の“自主廃業”――。それは単なる一社の失敗ではなく、「大企業でも倒れる」ことが現実になった瞬間でした。 こ... -
出来事
アジア通貨危機とは?日本経済にも波が来た理由
1997年、アジアの成長を支えていた“勢い”が、ある日を境に“恐怖”へ変わりました。きっかけは、タイの通貨バーツが守れなくなったこと。そこから資金が一斉に逃げ、通貨安・株安・銀行不安が連鎖していきます。発端は東南アジアでも、日本経済にもはっきり... -
出来事
ジャパン・プレミアムとは?なぜ日本の銀行だけ金利が高くなったのか
「同じお金を借りるのに、日本の銀行だけ高い」 1997〜98年、日本の銀行は海外でお金を借りようとすると、他国の銀行より“上乗せ金利”を払わされる局面に入りました。これが **ジャパン・プレミアム(Japan premium)**です。日本銀行も「海外市場での“Jap... -
出来事
金融再生法とは?1998年に何が変わった?
1997年の連鎖破綻のあと、日本は「倒れた銀行をどう処理するか」を作り直した 1997年に拓銀や山一證券などの破綻が相次いで、金融システムへの信頼が大きく揺れました。そこで1998年に整備された“危機対応の土台”の一つが、通称金融再生法です。正式名称は... -
出来事
北海道拓殖銀行とは?都市銀行が破綻した理由
「大手でも倒れる」が現実になった日 1997年11月17日、北海道拓殖銀行(拓銀)は経営破綻を公表します。この出来事が衝撃だったのは、「地方の小さな金融機関」ではなく、都市銀行クラスが崩れたことでした。しかも、その影響は北海道だけでなく、日本の金... -
出来事
山一證券とは?なぜ廃業に追い込まれたのか
「社員は悪くありません」…あの会見の裏で何が起きていたのか 1997年11月24日、山一證券は**自主廃業(営業休止)**を発表します。巨額の簿外債務が明らかになる中で経営が行き詰まり、会見の最後に野澤正平社長が「私らが悪いので、社員は悪くありません... -
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不良債権問題とは?バブルのツケが金融危機へつながるまで
「景気が悪い」ではなく「お金の回り道」が壊れた バブル崩壊のあと、日本は長く“回復できない不況”に入ります。その中心にあったのが 不良債権問題――つまり、銀行が貸したお金が返ってこなくなる(返ってこない可能性が高い)債権が積み上がり、金融... -
出来事
日本の金融危機とは?1997年に何が起きたのか
「景気が悪い」ではなく“金融そのもの”が揺れた年 1997年の日本で起きたのは、単なる不況ではありません。銀行や証券会社が次々に行き詰まり、金融市場が「この先、大丈夫なのか」と疑い始めた――これが「日本の金融危機」と呼ばれる状況です。 その...
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