「遣唐使(けんとうし)」は、日本が中国の唐(とう)へ送った国家プロジェクト級の使節団です。
けれど、260年ほど続いた遣唐使は894年に突然ストップします。
なぜ、あれほど重要だった遣唐使は廃止されたの?
この記事では、歴史初心者の方でもスッと理解できるように、
遣唐使が廃止された理由と日本への影響、そして菅原道真の決断まで、流れで解説します。
遣唐使とは?まずは1分でおさらい
遣唐使とは、
日本が唐へ派遣した公式の使節団のことです。
当時の日本にとって唐は、最先端の大国。
遣唐使の目的は主に次の3つでした。
- 政治や法律など「国のしくみ」を学ぶ
- 仏教・文化・技術を取り入れる
- 国としての外交関係を保つ
ざっくり言えば、**「海外留学+国家のアップデート」**のような役割です。
遣唐使はいつ廃止された?(結論)
遣唐使は 630年〜894年 にかけて続き、
894年、菅原道真(すがわらのみちざね)の進言により正式に廃止されました。
では、なぜこのタイミングでやめたのでしょうか?
遣唐使が廃止された3つの理由
1)唐の国力が衰え、学ぶ価値が下がった
遣唐使後半の唐は、内乱や反乱が続いていました。
政治が不安定になり、治安も悪化します。
かつての「世界最先端の大国」から、
混乱する国へ変わっていたのです。
そのため日本側は、
いまの唐から、以前ほど学べるものは多くない
と判断するようになります。
2)航海が危険すぎて、犠牲が大きかった
遣唐使の航海は、命がけでした。
- 台風で沈む
- 漂流する
- 病気で倒れる
- 海賊に襲われる
「行けば学べる」ではなく、
「行けても帰れないかもしれない」。
費用も人命も大きくかかるため、
そこまでして行く意味はあるのか?
という現実的な判断が強まっていきます。
3)日本が成長し、「まねる国」から変わり始めた
ここが一番大事なポイントです。
この頃の日本では、すでに
- 律令(法律・制度)が定着
- 役所の運営も回る
- 文化の土台も整う
つまり、唐を手本にして作った「国のしくみ」が、
日本の中でちゃんと機能していました。
だからこそ、次の段階として
これからは日本のやり方で進む
という空気が生まれます。
遣唐使廃止のカギ人物|菅原道真の決断がすごい
菅原道真ってどんな人?
菅原道真は、当時トップクラスの知識人であり、実務もできる官僚です。
のちに「学問の神様(天神さま)」として有名になります。
彼の特徴は、ただの理想家ではなく、
冷静に現実を見て判断できるタイプだったことです。
道真が遣唐使に反対した理由
道真は、当時の状況を見てこう判断しました。
- 唐はすでに衰えている(成果が減る)
- 航海が危険すぎる(犠牲が大きい)
- 日本は自立できる段階に来ている
つまり、
コストとリスクに対して、得られる成果が小さくなった
という合理的な判断です。
894年、歴史を変えた進言
894年、道真は宇多天皇に対して進言します。
今回の遣唐使派遣は、取りやめるべきです。
この一言が、約260年続いた遣唐使に終止符を打ちました。
これは「中止」ではなく、国の進路変更でした。
遣唐使廃止が日本に与えた影響(ここからが面白い)
遣唐使がなくなって困ったのでは?と思いがちですが、
実はここから日本は大きく変化します。
影響1)国風文化が花開いた(日本らしさが爆発)
遣唐使が止まると、唐の流行を追いかける必要が薄れます。
その結果、**日本独自の文化(国風文化)**が大きく発展しました。
代表例は次の通りです。
- ひらがな・カタカナの発展
- 『源氏物語』『枕草子』などの文学
- 日本風の建築や美意識(寝殿造など)
つまり、遣唐使廃止は
**「日本文化が日本として成熟するきっかけ」**になりました。
👉国風文化とは?わかりやすく解説
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👉清少納言とは?
影響2)政治も「日本流」に変化していった
それまでの政治は、唐の制度を手本にしていました。
しかし廃止後は、少しずつ
- 摂関政治(藤原氏の時代)
- 院政(上皇が動かす政治)
- 武士の台頭(のちの鎌倉へ)
という、日本独自の政治の形へ移っていきます。
👉摂関政治とは?
👉院政とは?]
👉武士の台頭とは?
影響3)日本が“文化の自立”を果たした
遣唐使廃止は、単なる外交イベントではありません。
それは――
日本が「まねる国」から「自分たちで創る国」へ変わった合図です。
遣唐使の廃止は、日本が自分の足で歩き始めた出来事だった
こう捉えると、歴史がぐっと面白くなります。
よくある疑問|「遣唐使を廃止して困らなかったの?」
結論から言うと、短期的には「不便」もありました。
ただ、それ以上に
- 日本の文化が伸びる余白ができた
- 日本の政治が独自化していった
というプラスが大きく、結果として
平安時代の文化成熟につながったと考えられます。
まとめ|遣唐使廃止の理由と日本への影響
遣唐使が廃止された理由(3つ)
- 唐が衰え、学ぶ価値が下がった
- 航海が危険すぎて犠牲が大きかった
- 日本が成長し、自立へ向かっていた
日本への影響(3つ)
- 国風文化が発展し「日本らしさ」が強まった
- 政治が日本流に変化し、摂関政治・院政へつながった
- 日本が文化的に自立する転換点になった
遣唐使の廃止は、
「日本が日本になる」大きな分かれ道だったのです。

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