1997年、アジアの成長を支えていた“勢い”が、ある日を境に“恐怖”へ変わりました。
きっかけは、タイの通貨バーツが守れなくなったこと。そこから資金が一斉に逃げ、通貨安・株安・銀行不安が連鎖していきます。発端は東南アジアでも、日本経済にもはっきり波が来ました。
この記事では、アジア通貨危機が何だったのか、そして「なぜ日本にも効いたのか」を、仕組みでわかるようにまとめます。
アジア通貨危機(1997〜98)のざっくり定義
アジア通貨危機とは、1997〜1998年にかけて東南アジアから東アジアへ広がった、通貨・金融・企業倒産がセットで起きた危機です。
特徴は「通貨が下がった」だけではなく、
- 通貨急落 → 外貨建て借金が急に重くなる
- 銀行や企業の資金繰り悪化 → 連鎖倒産
- 株・不動産価格も下落 → 銀行の不良債権が増える
という“悪循環”が短期間で起きた点にあります。
何が起点だったのか:タイの「通貨防衛」が限界に
危機の出発点は、1997年7月2日。タイがバーツを実質的に変動相場へ移し、通貨が大きく下落しました。固定的に通貨価値を守るには外貨準備が足りず、維持が難しくなったためです。
ここで市場はこう考えます。
「同じように“通貨を守っている国”も危ないのでは?」
その疑いが一気に広がり、周辺国へ資金が逃げていきました(金融の“伝染”)。
なぜ連鎖した?3つの弱点
1) 「通貨は安定」という前提で、外貨の借金が増えていた
通貨が大きく動かない前提だと、企業はドルなど外貨で借りやすくなります。
ところが通貨が下がると、外貨建ての返済負担が自国通貨で一気に膨らみます。これが資金繰りを直撃しました。
2) 資金の出入りが速すぎた(短期資金の逆流)
海外から入ってきた資金が、疑いが出た瞬間に一斉に引き上げられる。
そのスピードが、為替・銀行・企業を同時に揺らしました。
3) 不動産・株の調整が、銀行を弱らせた
不動産や株が下がると担保価値が落ち、金融機関の傷が表に出ます。
通貨危機が銀行危機に変わっていったのは、この構造が大きいです。
どこまで広がった?最低限の流れ
- 1997年7月:タイ発で危機が顕在化(バーツの変動相場化)
- 1997年8月:支援枠組みが動く(タイ向け支援で各国が資金拠出を表明)
- 1997年後半〜:インドネシア・韓国でも危機が深刻化
- 1997年12月:韓国で大規模支援(総額58Bドル規模の枠組み)
- 1998年:景気後退と金融システム不安が各国で表面化、改革と景気の反動が同時に進行
なぜ日本経済にも波が来たのか:ポイントは「日本の弱点」とつながったこと
アジア通貨危機は“海外の出来事”に見えますが、日本にとってアジアは「近い」だけでなく、経済の血流がつながっている場所でした。波が来た理由は大きく3つです。
理由1:アジア景気の失速が、日本の企業活動を冷やした
アジアで通貨安と景気後退が起きると、
- 現地の購買力が落ちる(日本製品が高く感じられる)
- 現地企業の投資が止まる
- サプライチェーンや輸出入の計画が崩れる
といった形で、日本企業の売上や先行き見通しにブレーキがかかります。
“外需の不安”は、企業が守りに入る十分な理由になります。
理由2:日本の金融機関は、もともと脆くなっていた(そこへ外圧が来た)
ここがいちばん重要です。
1990年代の日本は、バブル崩壊後の不良債権問題が残り、金融システムが弱っていました。その状態でアジア危機が来たため、海外の不安が国内不安を増幅しました。
象徴的なのが1997年11月の金融不安です。日本ではこの時期に、複数の大手金融機関の破綻が続きました(例:北海道拓殖銀行、山一證券など)。
この「国内の弱さ」があると、市場はこう反応します。
- 銀行同士がお金を貸しにくくなる
- 海外調達も含め資金調達コストが上がる
- 結果として企業向けの信用が細る(貸し渋り・慎重化)
実際に、当時は日本の銀行の資金調達コスト上昇や信用環境の引き締まりが指摘されています。
理由3:「不安の連鎖」が円・株・投資心理に波及した
危機が広がる局面では、投資家や企業は「損をしない」行動を優先しがちです。
- 新興国・周辺地域から資金が引く
- 株式などリスク資産が売られやすくなる
- 企業は投資や採用を慎重にする
つまり、海外の危機は心理面のショックとしても日本に届きます。
とくに、国内の金融不安が同時期にあった日本では、その影響が大きく見えやすかったと言えます。
まとめ:日本に効いたのは「危機」そのものより、“つながり”と“弱点”だった
アジア通貨危機は、タイの通貨問題から始まりました。
でも日本に波が来たのは、単に近いからではありません。
- アジア景気の失速で、日本企業の外需が揺れた
- 日本の金融システムはすでに弱っていて、外のショックで不安が増幅した
- リスク回避の心理が、円・株・投資判断に影響した
この3つが重なったからです。
もし平成経済の記事として流れを作るなら、次は
「1997年の金融不安(日本の国内危機)」→「アジア通貨危機(外からの衝撃)」→「信用収縮と景気後退」
の順で読むと、当時の“空気”がつながって理解しやすくなります。
この記事を読んだあと、平成の流れを一気に整理したい方はこちらもどうぞ。
👉 平成の出来事一覧(時系列で見る)
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参考文献・参考資料
- 国際通貨基金(IMF) “Korean Crisis and Recovery”
- IMF “Press Release: IMF Approves Stand-by Credit for Thailand (PR97/37)”
- IMF “Recovery from the Asian Crisis and the Role of the IMF”
- Federal Reserve History “Asian Financial Crisis”
- 伊藤隆敏 “Japan and the Asian Financial Crisis” (1999, PDF)
- BIS “The financial crisis in Japan during the 1990s” (PDF)
- IMF “Japan: Selected Issues” (1998, PDF)
- Web Japan(当時の報道アーカイブ)

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