いま私たちは、
選挙権を「当たり前の権利」だと感じています。
しかし、かつての日本では、
政治を選べる人は、ごく一部でした。
税金を多く納めた者だけが、
国の政治を決められる。
この仕組みを大きく変えた法律。
それが 普通選挙法 です。
普通選挙法とは|選挙権を広く国民に認めた法律
普通選挙法とは、
1925年(大正14年)に制定された、
一定の年齢に達したすべての男性に
選挙権を与える法律
です。
これにより日本では、
- 財産の有無に関係なく
- 成人男性であれば
政治を選ぶ権利を持てるようになりました。
それまでの選挙はどうだったのか|制限選挙の時代
普通選挙法以前、日本の選挙は
制限選挙でした。
主な条件
- 一定額以上の税金を納めている
- 年齢制限あり
- 男性のみ
その結果、
- 有権者は人口のごく一部
- 政治は富裕層中心
- 庶民の声は届きにくい
という状態が続いていました。
なぜ普通選挙が求められたのか
選挙権拡大の要求は、
自然に生まれたものではありません。
理由①|社会の担い手が広がった
第一次世界大戦を経て、
- 労働者
- 都市中間層
- サラリーマン
といった人々が増えました。
国を支えているのは、一部の富裕層だけではない
という意識が、
社会に広がっていきます。
理由②|大正デモクラシーの広がり
大正時代には、
- 言論の活発化
- 政党政治の定着
- 世論の影響力拡大
が進みました。
政治に対して、
選ばれていないのに決めるのはおかしい
という考え方が、
当たり前になりつつあったのです。
理由③|思想的支柱の存在
普通選挙を理論面で支えた人物の一人が、
吉野作造 です。
彼は、
国家は国民の意思を反映すべきだ
という考え方を広め、
民主政治の正当性を社会に根づかせました。
普通選挙法の成立|1925年という転換点
1925年、
普通選挙法は帝国議会で可決されます。
これにより、
- 25歳以上のすべての男性
- 約1,200万人
が、新たに有権者となりました。
これは、
日本史上最大規模の政治参加拡大
でした。
史実で整理する|普通選挙法の基本データ
制定年
- 1925年(大正14年)
対象
- 25歳以上のすべての男性
拡大規模
- 有権者数 約3倍
性格
- 財産資格の撤廃
- 男性限定の普通選挙
誰が「政治を選べる」ようになったのか
普通選挙法によって、
- 農民
- 労働者
- 都市の一般市民
といった人々が、
初めて政治の選択に参加
できるようになりました。
政治は、
- 上流階級のもの
から - 国民全体のもの
へと、一歩近づいたのです。
同時に成立した法律|治安維持法との関係
重要なのは、
普通選挙法と同じ年に
治安維持法が成立している点です。
これは、
- 選挙権は広げる
- しかし急進的な思想は抑える
という、
政府の警戒心を示しています。
つまり民主化は、
歓迎されつつも
恐れられていたのです。
普通選挙法の限界
普通選挙法は、
完成形ではありませんでした。
- 女性に選挙権はない
- 思想弾圧が続く
- 政治の自由は制限付き
本当の意味での
男女普通選挙が実現するのは、
戦後になってからです。
それでも普通選挙法が持つ意味
普通選挙法の価値は、
完璧さではありません。
それは、
政治は、
選ばれるべきものだ
という原則が、
法律として認められた点にあります。
この経験がなければ、
戦後民主主義も存在しなかったでしょう。
まとめ|普通選挙法は「政治が国民のものになった第一歩」だった
普通選挙法は、
- 誰が政治を選べるのか
という問いに、
国民だ
と、はっきり答えた法律でした。
制限付きではありましたが、
それでもこの一歩は、
- 政党政治
- 大正デモクラシー
- 戦後民主主義
へと、確実につながっていきます。
普通選挙法は、
日本の政治が国民へ近づいた瞬間
だったのです。
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