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畠山義就とは?応仁の乱を“現実に動かした”畿内の主役——最後まで戦い抜いた守護大名

目次

はじめに|「応仁の乱=細川VS山名」だけだと、核心が抜ける

応仁の乱は「細川勝元 vs 山名宗全」で語られがちです。
でも、京で最初に火花が散り、“戦が止まらなくなる現場”を作ったのは、畠山家の家督争いでした。

畠山義就は、従兄弟の畠山政長と争い、やがて応仁の乱の大きな火種となった人物です。


プロフィール|畠山義就の基本情報

※生年には「1437年ごろ?」など不確実さがあり、没年も1490説/1491説があるため、本記事では代表的な説を併記します。

項目内容
名前畠山義就(はたけやま よしなり/よしひろ)
生年1437年ごろ?(諸説)
没年1490年説/1491年説(諸説)
立場武将・守護大名(畠山氏/三管領家の一つ)
畠山持国
主要な舞台京都/河内 など(畿内)
最大の対立畠山政長(家督をめぐる争い)

まず結論|義就が日本史に残した影響は「畿内を戦国へ押し出した」こと

義就の影響は、ざっくり言うとこの3点です。

  1. 応仁の乱の導火線となる家督争いの中心人物になった
  2. 京の最初の大衝突(御霊合戦)で、戦の“歯止めが外れる瞬間”を生んだ
  3. 乱後も畿内で戦いを続け、守護支配の限界(山城国一揆など)を浮き彫りにした

つまり義就は、「全国戦国時代」の前にある **“京都周辺(畿内)の戦国化”**を象徴する人物です。


功績1|家督争いを“政治案件”にしてしまった(応仁の乱の火種)

畠山家では、家督をめぐって義就派と政長派が割れます。
この争いに、幕府中枢や有力守護が肩入れしていくことで、私闘が“全国規模の権力争い”へ接続されていきます。

特に、将軍足利義政の政権下で、この家督争いが収まらず、畿内の緊張を高めていった流れは重要です。


功績2|“ここから止まらない”を作った:御霊合戦(応仁の乱の起点)

1467年、上御霊神社付近で、義就軍と政長軍が衝突した戦いが「御霊合戦」です。
この合戦が応仁の乱開始の契機になった、と明確に説明されています。

応仁の乱を“机上の対立”ではなく、「現実の戦闘として始めてしまった」人物として、義就の存在感が出る場面です。


功績3|“戦後も終わらせない”——河内に根を張り、畿内で戦い続けた

応仁の乱が講和に向かっても、義就はすぐに京都の政治へ戻らず、河内へ下向して勢力を維持した、と説明されています。
この「戦後も畿内の争いが終わらない」状況が、室町の秩序をさらに弱らせ、戦国の空気を濃くしていきます。


史実エピソード|畠山義就の“勝ち筋と執念”が見える3場面

エピソード1|御霊合戦で、畿内が“内戦モード”に入る

御霊合戦(1467年)が応仁の乱の起点とされること自体が、義就の影響力を物語ります。

エピソード2|応仁の乱では西軍の主力として戦う

義就が応仁の乱で西軍に属し、政長と戦ったことがまとめられています。
(「細川vs山名」だけでなく、畠山同士の戦いが前線にあった、という理解が一気に具体化します)

エピソード3|山城国一揆が示した“守護の限界”(両畠山が嫌われた)

1485年の山城国一揆は、山城国で国人・農民が結集し、畠山氏の争いの影響を排除して自治を行った一揆として説明されます。
また、畠山勢力(政長・義就)の撤退を求める方向が語られています。

義就の人生は「守護が支配する時代」が揺らいでいく現場そのものでもあります。


年表|畠山義就の転換点(年号/出来事/解説)

※確実性が高い出来事を中心に、流れが追える形に絞っています。

年号 出来事 解説
1437年ごろ? 誕生(諸説) 三管領家・畠山氏の一員として生まれる
1450年代〜 家督争いが激化 畠山政長らと対立し、畠山家が割れていく
1467年 御霊合戦 上御霊社付近の衝突が、応仁の乱開始の契機とされる
1467〜1477年 応仁の乱 西軍側として戦い、畿内の戦乱を深める
1485年 山城国一揆 畠山氏の争いが嫌われ、山城で自治の動きが強まる
1490/1491年 死去(諸説) 没年は史料・事典で差があるため併記

まとめ|畠山義就を押さえると「応仁の乱が始まる理由」が腑に落ちる

畠山義就は、畠山家の家督争いを通じて応仁の乱の火種となり、御霊合戦という“始まりの衝突”で歴史を現実に動かした人物です。
さらに、乱後も畿内の戦いが長引く中で勢力を保ち、山城国一揆のような「守護が嫌われる現象」まで含め、畿内が戦国化する流れを体現しました。


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参考文献・参考資料

  • 平凡社『改訂新版 世界大百科事典』「畠山義就」(コトバンク)
  • Wikipedia「畠山義就」
  • Wikipedia「御霊合戦」
  • Wikipedia「山城国一揆」
  • 京都市観光「応仁の乱勃発地(上御霊神社周辺)」
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