室町時代は、全体の流れをつかんだあとに「出来事」と「人物」をたどると、混乱しやすいポイントがスッと整理できます。
▶ 室町時代の出来事一覧(年表で応仁の乱まで)はこちら
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はじめに|室町時代って、正直むずかしくないですか?
ひこまる室町時代って、建武の新政とか南北朝とか応仁の乱とか、なんだかごちゃごちゃしてて苦手なんだよね。結局どんな時代だったのかよくわからないというか……。



心配いらんぞ。室町時代が難しく感じるのは、君のせいではない。この時代は「主役がコロコロ変わる」から、日本史の中でもトップクラスにややこしいんじゃ。



主役が変わる? ずっと将軍がトップだったわけじゃないんだね。



うむ。天皇、武士、将軍、そして戦国大名と、政治の中心が何度も入れ替わるんじゃ。だからこそ、この時代は一気に覚えようとせず、「5つの段階」に分けてストーリーとしてつかむのが一番の近道じゃよ!
なぜ室町時代はこんなにわかりにくいのか?
室町時代がむずかしく感じる最大の理由は、
主役がコロコロ変わる時代だからです。


1.天皇ががんばる時代
↓
2.武士が力を持つ時代
↓
3.将軍が強くなる時代
↓
4.将軍が弱くなる時代
↓
5.戦国大名が主役になる時代
…と、
政治の中心が何度も入れ替わります。
つまり室町時代は、
ずっと同じ雰囲気で続く時代ではなく、変化の連続の時代。
だからこそ、
「室町時代って、こういう時代です」
と一言でまとめるのが、とても難しいのです。
ではどう理解すればいいのか?
答えはシンプル。
時代を区切って、流れでつかむこと。
ここから、その方法で見ていきましょう。
室町時代の流れをつかむ5つのステージ
室町時代は、大きく分けると次の5段階です。


- 天皇がもう一度がんばる
- 天皇が二人になって大混乱
- 将軍が本気を出して安定
- ふたたび大混乱(応仁の乱)
- 戦国時代へ一直線
この流れを頭に入れるだけで、
室町時代は一気に見通しがよくなります。
① 建武の新政|天皇がもう一度がんばった時代
(1333〜1336年)
鎌倉幕府が滅びたあと、
後醍醐天皇はこう考えました。
「やっぱり、日本は天皇が中心であるべきだ」
こうして始まったのが建武の新政です。
ところが――
ここで問題が起こります。
戦いで活躍した武士たちが、
「あれ? 思ったよりごほうび少なくない?」
と不満を持ち始めたのです。


天皇中心の理想の政治は、
わずか3年でストップ。
この失敗によって、日本ははっきりと方向転換します。
これからは、武士の時代だ。
室町時代の物語は、ここから本格的に始まります。
→ 建武の新政とは?後醍醢天皇の理想が3年で行き詰まった理由



じゃあ、最初の第1ステージ! 鎌倉幕府が倒れたから、すぐに新しい幕府ができたの?



いや、そうではないんじゃ。後醍醐天皇が「やはり日本は天皇が中心であるべきだ!」と考えて、「建武の新政」という政治をスタートさせたんじゃよ。



天皇のカムバックだね! うまくいったの?



それが、たった3年で行き詰まってしまったんじゃ。一緒に戦った武士たちが「あれ? 俺たちへのご褒美少なくない?」と不満を爆発させてな。ここから日本は、はっきりと「武士の時代」へとシフトしていくんじゃ。


② 南北朝時代|天皇が二人いたカオスな時代
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(1336〜1392年)
次に起きたのが、日本史でも屈指の混乱期。
南北朝時代です。
→ 南北朝時代とは?日本史で唯一「二つの朝廷」が並立した時代



天皇中心の政治が失敗して、次はどうなったの?



日本史でも屈指のカオスな時代、「南北朝時代」の幕開けじゃ。なんとこの時期、京都の「北朝」と吉野の「南朝」、二人の天皇が同時に存在したんじゃよ。



ええっ、天皇が二人!? それって「どっちが本物なの?」って国中が大混乱にならない?



まさにその通りじゃ。国を二つに分けた争いが約60年も続いたんじゃ。しかしこの混乱の中で、武士たちは上の命令を待つだけでなく「自分たちで考えて動く」たくましい存在へと成長していったんじゃよ。
③ 室町幕府の安定期|将軍がいちばん強かった時代
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(1392年〜15世紀前半)
長い混乱のあと、ようやく日本は落ち着きます。
南北朝が統一され、
室町幕府が本格的にスタート。
とくに活躍したのが、3代将軍足利義満です。
- 朝廷をまとめ
- 武士をまとめ
- お寺や神社までまとめる
まさに、この時代のラスボス級の存在。
この時期こそ、
室町幕府がちゃんと「政治」をしていた時代
と言えるでしょう。
→ 足利義満とはどんな人?室町幕府を安定させた将軍をやさしく解説



60年も争って、やっと落ち着く時が来るの?



うむ。ついに南北朝が統一され、室町幕府が本領を発揮し始める。ここで大活躍したのが、3代将軍の足利義満じゃな。



義満! 金閣寺を建てた人だよね。彼が国をまとめたの?



そうじゃ。朝廷も、武士も、さらにはお寺や神社までまとめ上げた、まさにこの時代の「ラスボス級」の存在じゃ。この時期こそが、室町幕府が一番安定して政治を行っていた時代と言えるな。
④ 室町幕府の衰退|応仁の乱で大混乱
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(15世紀中ごろ〜)
しかし、平和は長く続きません。
将軍の後継ぎ争い、
大名どうしの対立――。
その不満が爆発したのが、
応仁の乱(1467年)です。
この戦いで京都は焼け野原。
幕府の力もガタ落ちしました。
ここから日本は、
「中央がまとめる国」から「力ある者が支配する国」へと変わっていきます。



ラスボス級の将軍のおかげで平和になったんだね! よかったよかった。



ところが、平和は長く続かんのじゃ。将軍の跡継ぎ争いや、力を持った大名同士の対立が爆発して、「応仁の乱」という大事件が起きてしまうんじゃよ。



あっ、京都が焼け野原になっちゃうやつだ……!



うむ。この戦いで幕府の力はガタ落ちじゃ。ここから日本は、幕府がまとめる国から「力ある者が支配する国」へとルールが変わっていくんじゃ。
⑤ 戦国時代と将軍追放|室町幕府の終わり
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(15世紀後半〜1573年)
幕府が弱くなると、
主役は完全に戦国大名へ。
将軍は存在していても、
実際の政治を動かす力はほとんどありませんでした。
そして1573年。
織田信長が、15代将軍足利義昭を京都から追放。
ここに、
室町幕府は名実ともに終わりを迎えます。



力ある者が支配するってことは、もしかして……。



その通り。主役は完全に「戦国大名」へと移り、いよいよ戦国時代に突入じゃ。将軍という肩書きはあっても、実際に国を動かす力はもう残っていなかったんじゃよ。



幕府はそのまま自然消滅しちゃったの?



最後は1573年じゃな。織田信長が、15代将軍の足利義昭を京都から追放したことで、室町幕府は名実ともに終わりを迎えたんじゃ。
室町時代とはどんな時代だったのか?
室町時代をひとことで言うなら――
「うまくいきそうで、うまくいかなかった時代」
天皇の政治を取り戻そうとし、
武士の政権を完成させようとした。
でも、どちらも途中でつまずき、
日本はやがて戦国という力の時代へ進んでいきます。
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まとめ|室町時代の流れを一気におさらい
室町時代は、決して地味な時代ではありません。
むしろ――
日本史でいちばんドラマの多い時代と言ってもいいでしょう。
- 天皇の理想から始まり
- 天皇が二人になる内乱を経て
- 将軍が一時は国をまとめ
- 応仁の乱で崩れ
- 戦国時代へ突入する
こうして見ると、室町時代は――
日本が大きく生まれ変わるための「助走期間」だったのかもしれません。



主役が天皇から始まって、将軍が国をまとめて、最後は戦国大名に変わっていく……。こうして5つの段階で区切ると、あの複雑な室町時代がひとつのドラマみたいにスッと理解できたよ!



それは何よりじゃ! 理想と現実がぶつかり合い、うまくいきそうでいかなかった時代。見方を変えれば、日本が大きく生まれ変わるための「壮大な助走期間」だったのかもしれんな。



時代の全体像がわかったから、次は「誰が何をしたのか」をもっと詳しく知りたくなってきた!



よし、では次は室町時代を彩った魅力的な「人物」や「出来事」にズームインしていくとするかの!
次におすすめ
室町時代は「流れ」→「出来事」→「人物」の順で読むと、全体像が頭に残りやすくなります。
気になる入口から読み進めてみてください。
- ▶ 室町時代の出来事一覧(応仁の乱まで):何が起きたかを年表で追う
- ▶ 室町時代の人物一覧:この時代の主役から読む
- ▶ 戦国時代まとめへ:次の時代へ進む


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