平成の政治は大きく3つの時期に分けられます。前期は昭和から平成へ移り、リクルート事件や55年体制崩壊など、政治の信頼が揺らいだ時期です。中期では小泉改革が行われ、政治の構造変化や政権交代が現実になりました。後期は震災後の政治とアベノミクス、そして平成が終わりを迎えた時期です。この記事では、それぞれの時期の政治の変化が、私たちの社会にどんな影響を与えたのかをたどります。
昭和から平成へ:リクルート事件が揺るがし、55年体制崩壊に至る政治の転換期
昭和の終わりと平成の始まり:改元が政治に与えた空気の変化
昭和64年1月、昭和天皇の崩御とともに平成が幕を開けました。竹下登内閣がその改元を迎え、国民は戦後昭和の政治から新たな時代の政治へ期待を抱きました。しかし、その期待を裏切るようにリクルート事件が表面化。未公開株の譲渡によって政治家に利益がもたらされた疑惑は、政治とカネへの不信を一気に広げました。改元が生んだ新時代への期待と、直後に直面した政治不信。この時期はまさに、平成政治のスタート地点を象徴していました。
ポイントまとめ:
- 期待と不信が交錯する中、平成政治は動き始めたリクルート事件の発覚:未公開株問題が政治不信を広げた
- 1989年、昭和天皇崩御で平成へ改元
- 竹下内閣下で新時代の政治への期待が生まれる
- 直後にリクルート事件(未公開株疑惑)が発覚し政治不信拡大

政治改革への道:55年体制崩壊と細川政権の誕生
1993年、長く続いた自民党の単独支配(いわゆる55年体制)が崩れ、細川護熙を首相とする非自民連立政権が誕生しました。背景には、リクルート事件などで高まった政治不信、派閥政治への反発、そして「金のかからない政治」への強い世論があります。平成政治はここから、政権交代が“例外”ではなく“選択肢”として意識される時代へ進み、同時に政治改革(選挙制度・政治資金・政党再編)が加速していきます。
ポイントまとめ:
- 55年体制が崩れた意味:自民党の長期支配が終わり、政権交代が現実のものとして初めて示された。
- 細川政権の特徴:非自民勢力が広く連合し、改革を掲げた“連立政治”のモデルが始まった。
- 政治改革が前に進んだ:小選挙区比例代表並立制など、選挙制度や政治資金の議論が一気に加速した。
- その後の平成政治への影響:政党再編と連立の常態化につながり、政策決定の「合意形成」が重要テーマになった。
新時代への期待と課題:政治構造の変化と国民のまなざし
55年体制が崩れ、政権交代が現実になったことで、平成の政治は「変えられるかもしれない」という期待に包まれました。政治改革やクリーンな政治への願いは強く、メディアの注目も高まり、国民の政治への視線は一時的に鋭くなります。一方で、連立政権は利害の調整が難しく、政策がぶれやすいという課題も抱えました。理想と現実のギャップの中で、国民は“改革のスピード”と“政治の安定”の両方を求めるようになり、政治への評価は期待と失望を行き来しながら変化していきます。
ポイントまとめ:
- 「変えられる政治」への期待:政権交代が現実となり、政治改革やクリーンな政治への希望が一気に高まった。
- 連立政治の難しさが露出:多党連立ゆえの調整コストが大きく、政策の一貫性やスピードが課題になった。
- 国民の目が“厳しく”なった:政治家への説明責任、透明性、公約の実行がこれまで以上に求められるようになった。
- 期待と失望の往復が始まる:改革の成果が見えにくい局面で失望も生まれ、以後の政治不信と支持の変動につながった。
震災後の政治とアベノミクス:危機対応と経済政策が支配した後期平成
2011年の東日本大震災は、災害対応・エネルギー政策・復興財源をめぐって政治の意思決定を極限まで試しました。その後、アベノミクスが登場し、金融緩和・財政出動・成長戦略が日本の経済運営の中心テーマになります。後期平成は、危機対応と経済政策が政治の軸となり、外交・安全保障や社会保障の議論も絡み合いながら、平成の終わりへ向かっていきました。
ポイント(4点)
- 震災で“国家の機能”が問われた:危機対応と復興の遅れが政治不信を増幅させた。
- 経済が政治の主戦場に:アベノミクスで物価・雇用・賃金への期待と評価が政治判断に直結した。
- 争点が複合化:経済だけでなく、エネルギー、安保、社会保障が同時に議論される時代へ。
- 平成の総決算へ:制度改革と危機対応の積み重ねが、令和の政治課題へ引き継がれた。
平成の政治年表(1989〜2019)|改革と政権交代の転換点
平成の政治は、**前期(政治不信→改革)/中期(首相主導→政権交代)/後期(震災後→アベノミクス→平成の終幕)**の3つに分けると流れがつかみやすくなります。
気になる出来事は、各項目から個別記事へどうぞ。
- 前期:1989〜1996(政治とカネ/改革の始動)
- 中期:1997〜2012(首相主導/ねじれ/政権交代)
- 後期:2013〜2019(震災後/経済政策中心/平成の終幕)
前期(1989〜1996)|政治不信と改革の始動
1989年|平成の開始と「政治とカネ」の衝撃
改元で「新時代」への期待が生まれる一方、政治不信が一気に広がる。
平成政治のスタートは“希望と不信の同時進行”だった。
- 1989/01/08 平成へ改元(昭和→平成):時代の区切りが政治の刷新期待を生む。
→ 読む:平成への改元とは?政治にどんな空気の変化をもたらした?(リンク) - リクルート事件(〜1989):政治家と企業の癒着疑惑が「政治とカネ」批判を決定的にする。
→ 読む:リクルート事件とは?なぜ政治不信が拡大した?(リンク)
1991年|国際貢献が政治課題になる
冷戦後の国際秩序のなかで、日本の役割が問われ始める。
外交がそのまま政治の評価につながる時代へ。
- 湾岸戦争(1990〜1991)と“カネだけ”批判:資金拠出中心の対応が限界を示し、国際貢献が政治課題化。
→ 読む:湾岸戦争とは?なぜ日本は“カネだけ”と批判された?(リンク)
1992年|安全保障の枠が動く
国内の不安と国際的要請の板挟みのなかで、政治が制度を動かす。
「できない」から「どうやってやるか」へ。
- 1992/06 PKO協力法:自衛隊海外派遣が制度化され、戦後の安全保障観が一段動く。
→ 読む:PKO協力法とは?何が変わり、なぜ議論になった?(リンク)
1993年|55年体制が崩れる
戦後政治の“当たり前”が終わり、政権交代が現実に。
平成政治はここから、連立と再編の時代へ入る。
- 1993/07 総選挙で自民党が過半数割れ:長期支配が崩れ、政権交代が現実の選択肢になる。
→ 読む:55年体制崩壊とは?なぜ自民党は下野した?(リンク) - 1993/08 細川政権(非自民連立)誕生:改革を掲げた連立政治が始まり、政治改革が加速する。
→ 読む:細川政権とは?なぜ誕生し、何を目指した?(リンク)
1994年|政治改革が「制度」として動く
政治不信への反省が制度変更へ直結し、ゲームルールが変わる。
この年の改革は、平成政治の土台になった。
- 選挙制度改革(小選挙区比例代表並立制):政党政治を強める狙いで選挙の仕組みが大きく変わる。
→ 読む:選挙制度改革とは?なぜ小選挙区中心に変えた?(リンク) - 自社さ連立(村山政権):思想の違う政党が組み、連立が“常態”になっていく。
→ 読む:自社さ連立とは?なぜ成立し、政治はどう変わった?(リンク)
1995年|危機管理が政治の中心テーマへ
災害とテロが続き、国家の危機対応力が問われる。
政治への期待は「安心を守れるか」に移っていく。
- 1995/01/17 阪神・淡路大震災:災害対応が政治評価に直結し、危機管理の重要性が高まる。
→ 読む:阪神・淡路大震災とは?政治は何を問われた?(リンク) - 1995/03/20 地下鉄サリン事件:治安・テロ対策が政治課題として定着し、制度整備が進む。
→ 読む:地下鉄サリン事件とは?政治と社会に何を残した?(リンク)
1996年|行政改革の流れが強まる
政治の信頼回復は、制度だけでなく「行政の仕組み」にも向かう。
改革は“実装”の段階へ。
- 行政改革の加速(橋本行革の流れ):国のかたちを変える改革が本格化していく。
→ 読む:橋本行革とは?行政改革は何を変えようとした?(リンク)
中期(1997〜2012)|首相主導・ねじれ・政権交代
1998年|金融危機で国家が介入する
市場任せでは止まらない局面で、政治の役割が重くなる。
ここから「経済と政治」が不可分になっていく。
- 金融危機と金融再生策:破綻が続き、政治が金融安定化を主導する局面へ。
→ 読む:1998年の金融危機とは?政治はどう動いた?(リンク)
2001年|小泉改革で「首相主導」が前面へ
政治の見せ方が変わり、改革が“支持”と結びつく。
「抵抗勢力」という言葉が政治を分かりやすくした。
- 2001/04 小泉内閣発足:改革を旗に首相主導が強まり、政治のスタイルが変化する。
→ 読む:小泉改革とは?何を変え、なぜ支持された?(リンク)
2005年|郵政解散で“争点選挙”が定着
政治が「何を変えるか」で競う形が強まる一方、分断も生みやすくなる。
平成政治の“選挙の見せ方”が更新された。
- 2005/08 郵政解散〜総選挙:改革の是非を一点突破で問う選挙が政治の作法を変える。
→ 読む:郵政解散とは?なぜ総選挙になった?(リンク)
2007年|ねじれ国会で政治が止まりやすくなる
対立が目立ち、政策決定が難しくなる。
国民の目は「結果を出せる政治か」により厳しくなる。
- 2007/07 参院選でねじれ国会が本格化:与野党対立が強まり、合意形成が難しくなる。
→ 読む:ねじれ国会とは?なぜ政治が止まりやすくなる?(リンク)
2009年|本格的な政権交代
「入れ替えられる政治」が現実になった年。
期待と同時に、政権運営の難しさも可視化される。
- 2009/08/30 民主党政権誕生:政権交代が実現し、政治の評価基準が変わっていく。
→ 読む:2009年の政権交代とは?なぜ起きた?(リンク)
2011年|震災で国家機能が試される
危機対応、復興、エネルギーが政治の中心へ。
「決められるかどうか」が強烈に問われた。
- 2011/03/11 東日本大震災:危機対応と復興の設計が政治の力量を直撃する。
→ 読む:東日本大震災とは?政治は何を問われた?(リンク) - 原発事故とエネルギー政策の揺れ:安全・コスト・世論の板挟みが長期課題になる。
→ 読む:福島原発事故後の政治とは?エネルギー政策はなぜ揺れた?(リンク)
2012年|政権が戻り、安定を求める空気へ
政治は「安定」を求めて再編され、長期政権へつながる。
後期平成の土台がここで固まる。
- 2012/12 自民党が政権復帰:政治の安定志向が強まり、政策の継続性が増す。
→ 読む:2012年の政権交代とは?なぜ自民党が戻った?(リンク)
後期(2013〜2019)|震災後の政治とアベノミクス、平成の終幕
2013年|アベノミクスで経済が政治評価の中心へ
政治の成果が生活実感(雇用・物価)と直結する時代に。
経済政策が政権の“看板”になる。
- 2013 アベノミクス本格化:金融緩和・財政・成長戦略が政治の中心テーマになる。
→ 読む:アベノミクスとは?狙いと結果をやさしく整理(リンク)
2014年|負担と景気の綱引き
財政・社会保障・景気のバランスが難しくなる。
政治は“痛みの説明”がより重要になる。
- 2014/04/01 消費税8%へ:増税が生活に直撃し、政治判断の評価が割れる。
→ 読む:消費税8%増税とは?なぜ上げ、何が起きた?(リンク)
2015年|安全保障で世論が割れる
争点が経済だけでなく“守り”へ拡大し、価値観対立が可視化。
政治の緊張感が強まる。
- 2015/09 安保法制(安全保障関連法)成立:安保の枠を巡り国論が大きく割れる。
→ 読む:安保法制とは?何が変わり、なぜ揉めた?(リンク)
2016年|平成の終幕が視界に入る
時代の区切りに向けて、制度面の整備が動き出す。
“象徴のあり方”が政治課題になる。
- 2016/08 天皇退位の意向表明(ビデオメッセージ):退位に向けた制度整備の議論が進む。
→ 読む:天皇退位とは?なぜ実現し、政治はどう動いた?(リンク)
2017年|選挙で勢力図が組み替わる
政党の集合離散が進み、対立軸が揺れる。
政治は「誰がやるか」「何をやるか」の再整理へ。
- 2017/10/22 衆院選:勢力図が変わり、長期政権の基盤が再確認される。
→ 読む:2017年総選挙とは?何が争点で何が変わった?(リンク)
2018年|制度改革が“実装”される
大改革より、暮らしのルール更新が積み重なる年。
政治は「働き方」など生活直結テーマへ。
- 2018/06 働き方改革関連法(成立):労働時間・雇用のルールが更新される。
→ 読む:働き方改革とは?何が変わり、何が課題?(リンク)
2019年|平成の終わりと令和への引き継ぎ
時代の区切りが政治にも影響し、次の課題が可視化される。
“平成の総決算”が意識される年になる。
- 2019/04/30 天皇退位:平成が終幕し、制度の節目が強く意識される。
→ 読む:平成の終わりとは?天皇退位は何を意味した?(リンク) - 2019/05/01 令和へ改元:時代が切り替わり、政治も次の課題へ移る。
→ 読む:令和とは?いつ始まり、社会はどう変わった?(リンク) - 2019/06/28-29 G20大阪サミット:国際秩序が揺れる中、日本の立ち位置が問われる。
→ 読む:G20大阪サミットとは?日本外交の見どころは?(リンク) - 2019/10/01 消費税10%へ:負担と景気の議論が続き、生活と政治の距離がさらに近づく。
→ 読む:消費税10%とは?なぜ上げ、暮らしはどう変わった?(リンク)
政治の流れをつかんだら、次は外交・経済へ。平成は「外の衝撃」が「内政」を動かした時代でもあります。
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