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リクルート事件とは?平成の政治不信を決定づけた“疑惑”の正体

平成が始まる直前、日本社会を揺さぶったのがリクルート事件です。
「政治家が賄賂をもらった」という話に見えますが、本質はもう少し厄介でした。

この事件が突きつけたのは、政治と企業の距離が近すぎること、そして**“お金そのもの”ではなく“儲かる仕組み”が渡される**という、新しいタイプの腐敗でした。
だからこそ平成の政治不信は、ここで決定的になります。


目次

リクルート事件のポイント

  • 事件の中身は、**未公開株(上場前の株)**を政治家や官僚らに渡し、上場後の値上がり益を得られる形にした疑惑。
  • 1988年6月、朝日新聞の報道で一気に表面化し、政界全体へ波及した。
  • その後「政治改革」の機運が高まり、平成の政治は“政治とカネ”を軸に揺れ続けることになる。

リクルート事件とは何だったのか

結論:未公開株で“利益を配る”疑惑

リクルート事件は、リクルート(関連会社リクルート・コスモス)の未公開株が、政治家や官僚、財界関係者に広く譲渡され、上場後に大きな利益を得たことが問題になった事件です。

未公開株は、上場(公開)すると値上がりする可能性がある。
つまり「現金を渡さなくても、利益が出るチケットを渡せる」──ここが事件の“新しさ”でした。


何が問題だった?(疑惑の構造をやさしく)

1)「お金」じゃなく「儲かる権利」が渡った

賄賂というと札束を想像しがちですが、この事件は違います。
上場前に株を持たせることで、上場後に売れば利益が出る。
“手渡しの汚職”より見えにくく、断りにくい仕組みでした。

2)広い範囲に波及し、「一部の悪」では済まなかった

報道をきっかけに、次々と関係者の名が出て「政界全体の問題」に見えました。
この「どこまで広がっているの?」という不信感が、政治への信頼を強く削ります。

3)政治と企業の距離が近すぎる、と国民が実感した

企業側の狙いは「政策や許認可で有利になりたい」という疑いを持たれやすい。
国民から見ると、政治が“国民のため”ではなく“つながりのため”に動いているように映ってしまう。
リクルート事件は、その疑念を一気に現実味あるものにしました。


いつ起きた?超ざっくり年表(流れをつかむ)

  • 1988年6月18日:未公開株をめぐる問題が報道で発覚(ここから大炎上)。
  • 1988年後半:国会でも追及が続き、「リクルート問題」が政治日程に影響するほどの大問題に。
  • その後:政治不信の高まりを背景に、政治改革の議論が加速していく。

なぜ「平成の政治不信」を決定づけたのか

理由1:平成のスタートに“希望”より“不信”が刻まれた

元号が変わる節目は、本来「新しい時代への期待」が生まれやすい。
でも当時は「政治が信用できない」という空気が強く、平成の入口に影を落としました。

理由2:「政治とカネ」は、仕組みの問題だと突きつけた

個人の悪事というより、政治資金・企業献金・人脈のような“構造”が疑われた。
このタイプの不信は、簡単に回復しません。

理由3:政治改革の出発点になった

事件後、「政治改革」が強く求められ、選挙制度や政治資金の議論が前に進む背景になりました。


まとめ|リクルート事件は「政治と企業の境界線」を問う事件だった

リクルート事件は、未公開株という“見えにくい利益”を通じて、政治と企業の癒着が疑われた事件でした。
そして何より、「政治は誰のために動いているのか?」という疑問を国民に突きつけ、平成の政治不信を決定づけた出来事になりました。


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