「震度7」は“最大級”だけど、昔はすぐ出せなかった
「震度7」は、ニュースで見かけるたびに背筋が伸びる言葉です。
でも実は、阪神・淡路大震災(1995年)の当時、震度7は“現地調査で判定する”運用で、発表に時間がかかりました。
その反省から、震度は震度計(計測震度)で機械的に算出し、迅速に発表できる形へ変わっていきます。
3行でわかる結論
- 震度7は、気象庁震度階級の中で最も大きい階級(現在は10階級の一番上)。
- 現在の震度は、震度計が観測した揺れから算出する計測震度をもとに発表される。
- 発表方法が変わった大きなきっかけは、阪神・淡路大震災で震度7の判定に時間を要したこと。これを踏まえ、観測データで迅速に震度7を出せるよう改善が進んだ。
震度7とは?|“地震の大きさ”ではなく“その場所の揺れの強さ”
まず大事なのはここです。
- マグニチュード:地震そのものの規模(エネルギー)
- 震度:ある地点での揺れの強さ
気象庁の震度階級は現在、震度0〜震度7までの10階級(5と6が弱/強に分かれる)です。
震度7で起きやすいこと(目安)
気象庁の解説表では、震度7では(耐震性が低い木造住宅などで)傾く・倒れる建物がさらに多くなる等の目安が示されています。
※ただし同じ震度でも、地盤や建物の状態で被害は変わる点も注意として明記されています。
いまの震度はどう決まる?|「計測震度」という機械判定
昔は体感や被害状況も使って震度を決めていましたが、現在は震度計(計測震度計)で自動観測し、その値から震度階級に換算します。
気象庁は、地震情報などで発表される震度階級が計測震度から換算されること、計測震度の算出手順(加速度記録を処理して数値化する流れ)も公開しています。
見出しで差がつく一言
- 「いまの震度は“感じ方”ではなく、“データ”で決まる」
なぜ発表が変わったのか|阪神・淡路大震災の“時間差”が転機
1)1995年当時、震度7は「現地調査で決める」ルールだった
気象庁は、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)当時の運用として
- 震度0〜6:体感等で観測
- 震度7:現地調査で決定
だったと説明しています。
つまり、震度7は「震度計が出したから即7」ではなく、被害実態を調べて判定する仕組みだったわけです。
2)その結果、「震度7の判定に時間を要した」
気象庁は特設サイトで、当時は震度7判定が現地調査だったため、阪神・淡路大震災では震度7の判定に時間を要したと明記し、その反省を踏まえて改善したと述べています。
3)改善:震度計で震度7を“迅速に”発表できるように
気象庁によれば、その後は
- 震度計による観測で迅速に震度7を発表
- 気象庁以外の機関が整備した震度計データも取り込み、よりきめ細かい震度情報を発表
できるようになったとされています。
さらに、改善の年表(履歴)として
- 1996年4月:震度計による震度観測開始(体感観測の廃止)
- 1996年10月:震度5・6を弱/強に細分化し、震度7も計測震度計で速報できるように
が示されています。
「発表が変わった」ことで何が良くなった?
1)初動が速くなる
防災は最初の数十分〜数時間が勝負です。震度7相当の地域が早く見えれば、救助・消防・医療・交通規制・自治体の非常配備が早く動けます。
気象庁は、他機関の震度計データ取り込みも含め、情報の細分化に繋がったと説明しています。
2)「どこがどれだけ揺れたか」を広く共有できる
震度は地盤や地形で大きく変わり得るため、観測点の拡充とデータ共有は重要です。気象庁の改善履歴でも、震度観測点の増強が示されています。
まとめ|震度7は「最大の揺れ」。だからこそ“早く出せる仕組み”になった
震度7は、最も強い揺れの階級であり、現在は計測震度(震度計の観測値)をもとに発表されます。
発表方法が変わった直接のきっかけは、阪神・淡路大震災で震度7の判定に時間を要したことでした。
“震度7をすぐ出す”のは、怖がらせるためではなく、命を守る初動を早めるためです。
次に読むなら
- 👉 阪神・淡路大震災とは?都市が直撃された理由と教訓(震度7が突きつけた都市の弱点)
参考文献・資料
- 気象庁:阪神・淡路大震災 特設(震度7判定が現地調査で時間を要した→改善)
- 気象庁:兵庫県南部地震データ(当時の震度7は現地調査で決定、帯状分布など)
- 気象庁:改善履歴(1996年4月の計測化、1996年10月に震度7も速報可能へ)
- 気象庁:震度について(震度階級10階級)
- 気象庁:計測震度の算出方法(計測震度→震度階級)
- 気象庁:震度階級関連解説表(震度7の現象目安と注意点)

コメント