管領– tag –
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人物
畠山氏とは?名門が「割れると危険」だった理由
応仁の乱の話になると、細川・山名の対立がよく知られています。しかし、実際に京都の戦いを“現実の衝突”に変えた導火線の一つが、畠山氏の家督争いでした。 畠山氏は、単なる地方武士ではありません。畿内(京都周辺)に深く関わり、幕府中枢にも出入りで... -
人物
畠山持国|有力守護・管領家:家督争いがのちの大乱へつながる
応仁の乱は、将軍家の後継問題だけで燃え広がったわけではありません。京都の政局を不安定にした大きな要因の一つが、有力守護(実力者)たちの“家の中”が割れたことでした。 その代表が、畠山持国です。幕府の中枢である管領を務め、政権運営を担った実力... -
人物
斯波義将|有力管領家:政権運営を担い、将軍権威の支えにも火種にもなった
室町幕府の前期、将軍の権威は「将軍が強いから」だけで保てたわけではありません。実務を回す管領が、守護大名たちを調整し、京都の政治を動かす――その中枢にいたのが斯波義将(しば よしまさ/正しくは「よしゆき」)です。 彼は若年の足利義満政権を支... -
人物
細川頼之|管領:将軍を支えつつ、幕府政治の中枢を動かした
室町前期、若い将軍足利義満の政権が安定して見える裏側には、「軍事」だけでなく「政務を回す中枢」が必要でした。その中心にいたのが管領・細川頼之です。12年間にわたり幕政を主導して体制を固めた一方、反発を招いて失脚(康暦の政変)し、のちに再び... -
人物
足利義勝|7代将軍:幼少の将軍として、政権は周囲に支えられた
6代将軍 足利義教が暗殺されたあと、室町幕府は「トップ不在」の危機に落ち込みます。その混乱の中で立てられたのが、幼い7代将軍・足利義勝(あしかが よしかつ)でした。 ただ、義勝が“自分の政治”を行う前に、幕府は現実的な選択を迫られます。――... -
出来事
明応の政変とは?将軍がすげ替えられ「戦国の入口」が開いた日
「応仁の乱が終わっても、世の中は落ち着かなかった」それを象徴する事件が、**明応の政変(1493年)**です。 これは、幕府のトップである将軍が、家臣側の主導で“交代”させられた政変。しかも、その後の日本は将軍が二系統に割れ、権威が一本に戻りにくい... -
人物
畠山政長とは?応仁の乱の火種になり、畿内の争いに飲み込まれた「管領」守護大名
はじめに|「応仁の乱」は、畠山家の内輪もめから燃え上がった 応仁の乱というと、細川勝元と山名宗全の対立が有名です。でも、その“導火線”のひとつが、畠山家の家督争い――つまり畠山政長と畠山義就の対立でした。 政長はただの「戦国武将」ではあ...
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