2026年– date –
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制度
お雇い外国人と工部大学校とは?日本の近代化を支えた外国人技師と教え子たち
明治政府が、近代国家をつくろうとしたとき。そこには、決定的に足りないものがありました。 西洋の知識と技術です。 その不足を埋めるため、政府は数多くの外国人専門家を、高い給与で日本に招きました。 「お雇い外国人」と呼ばれる人たちです。 お雇い... -
人物
岩倉具視とは?公家から近代国家の指導者へ
公家の家に生まれ、朝廷の内側から、幕府を終わらせる政局を動かした人物がいます。 岩倉具視です。 公家という立場から、近代国家の指導者へ。その転換は、明治維新という出来事の性格をよく表しています。 王政復古期の朝廷政局を動かす 大政奉還ののち... -
人物
板垣退助とは?武力ではなく議会へ向かった道
武力による反乱ではなく、議会を通じた政治参加を目指す。 板垣退助が選んだのは、同じ時代を生きた西郷隆盛とは異なる道でした。 留守政府を担う 1871年(明治4年)、岩倉具視や大久保利通、木戸孝允らが欧米視察(岩倉使節団)に出発すると、板垣退助は... -
人物
榎本武揚とは?箱館で戦い抜いた旧幕臣が明治政府を支えるまで
江戸城が明け渡されたあとも、戦い続けることを選んだ旧幕臣がいました。 榎本武揚です。 旧幕府海軍を率いて北へ向かった榎本は、戦いに敗れたのちに、意外な形で明治政府とかかわっていくことになります。 旧幕府艦隊を率いて北へ 江戸無血開城のあとも... -
人物
木戸孝允とは?桂小五郎から明治国家の設計者へ
薩摩と長州。長らく敵対していた二つの藩を結びつけたのは、一人の長州藩士でした。 木戸孝允。 幕末には長州藩の代表として薩長同盟に関わり、明治になってからは、国家の骨格そのものをつくる仕事に携わりました。 薩長同盟 敵対する藩を結ぶ 幕末、長... -
人物
鈴木梅太郎とオリザニンとは?ビタミン研究の先駆けと脚気をめぐる歩み
1910年(明治43年)。一人の化学者が、米ぬかの中から、世界で初めてビタミンを取り出しました。 鈴木梅太郎による、オリザニンの発見です。 当時、多くの人を苦しめていた脚気という病。その治療薬として、この発見は大きな意味を持ちました。 鈴木梅太郎... -
人物
乃木希典の殉死とは?明治天皇崩御と明治神宮造営の時代
1912年9月13日。明治天皇の大喪の日。 一人の軍人が、妻とともに、自ら命を絶ちました。 乃木希典の殉死です。 この出来事は、多くの国民に衝撃を与え、明治という時代の終わりを、強く印象づけました。 乃木希典とはどんな人物か 乃木希典は、日露戦争で... -
人物
北里柴三郎とは?「近代日本医学の父」が伝染病研究所で成し遂げたこと
2024年(令和6年)に発行された新千円札。その肖像に選ばれたのは、一人の細菌学者でした。 北里柴三郎「近代日本医学の父」とも呼ばれる人物です。 なぜ、政治家でも軍人でもない一人の研究者が、これほど高く評価されているのでしょうか。 プロフィール... -
人物
津田梅子とは?6歳で渡米した女子留学生が、日本の女子教育を変えるまで
1871年(明治4年)。わずか6歳の少女が、太平洋を渡りました。 津田梅子のちに、日本の女子教育を大きく変える人物です。 2024年(令和6年)、新5千円札の肖像に選ばれたことで、その名を知った人も多いのではないでしょうか。 梅子は、なぜ幼くして海を渡... -
ジャパレキ自由帳
修身が描いた「美しい日本」とは?四季・皇室行事・郷土愛から読む愛国心|第3章
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第3章の題名は「美しい日本」です。描かれるのは、梅・桃・桜が咲く春、稲穂と月が輝く秋、北風と雪に耐える冬、そして人々が暮らす郷土です。しかし、この章は日本の自然を紹介するだけではありません。 教科書は、春の明...
