2026年– date –
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出来事
明との国交開始(1401):対外関係が整い、交易が政治と財政を左右した(お金の流れが権力に直結する)
室町時代の外交は、ただの「海外とのやり取り」ではありません。交易(お金の流れ)を握ることが、権力そのものになる――その転換点が、**明との国交開始(1401)**です。 この出来事で動き出したのは、品物の交換だけではありません。幕府は、外交を通じて... -
出来事
応永の外寇とは?朝鮮が対馬を攻めた理由(1419年)をわかりやすく整理
応永の外寇(おうえいのがいこう)は、応永26年(1419)に李氏朝鮮の軍が対馬へ侵攻した事件です。朝鮮側では「己亥東征」とも呼ばれます。最大の狙いは、当時深刻だった倭寇(海賊・武装勢力)問題を抑え、「対馬を拠点にした襲撃を止めさせる」ことでし... -
人物
畠山持国|有力守護・管領家:家督争いがのちの大乱へつながる
応仁の乱は、将軍家の後継問題だけで燃え広がったわけではありません。京都の政局を不安定にした大きな要因の一つが、有力守護(実力者)たちの“家の中”が割れたことでした。 その代表が、畠山持国です。幕府の中枢である管領を務め、政権運営を担った実力... -
出来事
応永の乱(1399〜1400):西国で反乱が起き、幕府の統制が試された(地方が動けば国が揺れる)
応永の乱は、**応永6年(1399)に西国最大級の守護大名・大内義弘**が、室町幕府の実力者 **足利義満に背き、堺で挙兵して敗死した反乱です。この事件は「反乱の勝ち負け」以上に、“地方の巨大勢力が動くと、中央の統治そのものが揺れる”**という室町政治... -
人物
斯波義将|有力管領家:政権運営を担い、将軍権威の支えにも火種にもなった
室町幕府の前期、将軍の権威は「将軍が強いから」だけで保てたわけではありません。実務を回す管領が、守護大名たちを調整し、京都の政治を動かす――その中枢にいたのが斯波義将(しば よしまさ/正しくは「よしゆき」)です。 彼は若年の足利義満政権を支... -
人物
細川頼之|管領:将軍を支えつつ、幕府政治の中枢を動かした
室町前期、若い将軍足利義満の政権が安定して見える裏側には、「軍事」だけでなく「政務を回す中枢」が必要でした。その中心にいたのが管領・細川頼之です。12年間にわたり幕政を主導して体制を固めた一方、反発を招いて失脚(康暦の政変)し、のちに再び... -
人物
高師直|有力執事:幕府運営の実力者として強い影響力を持った
室町幕府の草創期、政治は「将軍ひとり」で回っていませんでした。軍事の中心に兄・将軍、政務の中心に弟――だけではなく、**命令を現場で動かし、制度と人事を握る“執事”**がいました。 その代表が、高師直(こうの もろなお)です。武功でのし上がり、政... -
人物
足利直義|尊氏の弟:政権運営を担い、のちに将軍家の内紛を深めた
足利直義(あしかが ただよし)は、室町幕府草創期において「政務の中枢」を担った人物です。兄の 足利尊氏 が軍事とカリスマで政権を動かす一方、直義は制度・裁判・行政を整え、幕府の“運営”を支えました。ところが、その運営力が強いほど、幕... -
人物
足利義勝|7代将軍:幼少の将軍として、政権は周囲に支えられた
6代将軍 足利義教が暗殺されたあと、室町幕府は「トップ不在」の危機に落ち込みます。その混乱の中で立てられたのが、幼い7代将軍・足利義勝(あしかが よしかつ)でした。 ただ、義勝が“自分の政治”を行う前に、幕府は現実的な選択を迫られます。――... -
出来事
上杉禅秀の乱とは?関東が割れた3か月(1416〜1417)で何が起きたのか
「鎌倉が落ちた」「関東が真っ二つに割れた」――。室町時代の関東で起きた上杉禅秀の乱(1416年10月〜1417年1月)は、たった約3か月で鎌倉府の中枢をひっくり返した大事件です。 この乱は、単なる上杉氏の内輪揉めではありません。**鎌倉公方(足利持氏) v...
