2026年– date –
-
人物
足利義教|6代将軍:強権的な統治で幕府の主導権を取り戻そうとした
「くじ引きで将軍が決まった」――この異例さだけでも、足利義教(あしかが よしのり)の時代が“普通ではなかった”とわかります。彼が目指したのは、弱りかけた幕府の主導権を、強い決断と統制で取り戻すこと。結果、幕府は引き締まる一方で、恐れと反発も一... -
人物
足利義量|5代将軍:若くして就任し、短い治世で幕府に空白を残す
室町幕府の5代将軍・足利義量(あしかが よしかず)は、将軍になった期間がきわめて短い人物です。しかしこの短さこそが、室町幕府にとっては重い意味を持ちました。 父の足利義持が築いた「引き締めの安定」は、義量の早世でいったん“空白”になります。そ... -
人物
足利義持|4代将軍:外交・政権運営を引き締め、安定と緊張を両立
室町幕府3代将軍・足利義満の後を継いだ、4代将軍・足利義持(あしかが よしもち)。派手さとカリスマで時代を動かした父に対して、義持が選んだのは「引き締め」です。 外交は強気に、政権運営は現実的に。その結果、幕府は“安定”に向かう一方で、各地に“... -
出来事
応仁の乱とは?なぜ10年も続き、日本のルールが変わったのか
応仁の乱は「室町時代の内乱」として有名ですが、年号や名前だけ知っていても、正直わかりにくい出来事です。けれど、この戦いが重いのは “合戦の勝ち負け” ではありません。 応仁の乱は、京都で政治が止まり、全国が「中央の命令より、自分の都合」で動き... -
人物
足利義尚とは?応仁の乱の後で「幕府の威信」を取り戻そうとして、陣中で倒れた若将軍
はじめに|義尚は「戦国の入口」で、将軍の看板を背負わされた 足利義尚は、室町幕府の第9代将軍。父の足利義政が退いたあと、まだ幼い年齢で将軍職を引き継ぎます。 ただ、この時代はすでに「将軍が命じれば従う」という空気ではありません。義尚が直面し... -
人物
富樫政親とは?加賀を治めた守護が「加賀一向一揆」に倒されるまで
はじめに|「戦国が始まる空気」は、加賀で先に爆発していた 戦国時代というと、全国の大名が争うイメージが強いかもしれません。でも加賀では、守護が国をまとめきれない不安定さが続き、ついに1488年、守護そのものが一揆で倒される事件が起きます。 そ... -
人物
蓮如とは?手紙で教えを広げ、本願寺を“巨大組織”に変えた中興の祖
はじめに|「戦国の前夜」を動かしたのは、武将だけじゃない 室町後期〜戦国前夜、社会を動かしたのは武将だけではありません。蓮如は、手紙(御文/御文章)という“届く言葉”で教えを広げ、門徒(信徒)を組織化し、本願寺を全国規模へ押し上げた人物です... -
出来事
明応の政変とは?将軍がすげ替えられ「戦国の入口」が開いた日
「応仁の乱が終わっても、世の中は落ち着かなかった」それを象徴する事件が、**明応の政変(1493年)**です。 これは、幕府のトップである将軍が、家臣側の主導で“交代”させられた政変。しかも、その後の日本は将軍が二系統に割れ、権威が一本に戻りにくい... -
出来事
加賀一向一揆とは?「百姓の持ちたる国」が生まれた理由
加賀一向一揆とは?「百姓の持ちたる国」が生まれた理由 加賀一向一揆は、いわゆる“農民反乱”だけではありません。本願寺門徒(門徒衆)を核に、国人や土豪層、農民が結びついて、加賀国(現在の石川県周辺)を長期間にわたり運営した「惣国一揆」です。&n... -
人物
畠山義就とは?応仁の乱を“現実に動かした”畿内の主役——最後まで戦い抜いた守護大名
はじめに|「応仁の乱=細川VS山名」だけだと、核心が抜ける 応仁の乱は「細川勝元 vs 山名宗全」で語られがちです。でも、京で最初に火花が散り、“戦が止まらなくなる現場”を作ったのは、畠山家の家督争いでした。 畠山義就は、従兄弟の畠山政...
