結論|第一次世界大戦が日本に与えた影響とは
第一次世界大戦(1914〜1918年)は、
日本に直接の戦場をもたらさなかった一方で、
- 日本経済の急成長
- 国際的地位の上昇
- 格差と社会不安の拡大
- 民主主義意識の高まり
という、日本社会の土台を大きく変える影響を与えました。
この戦争は、日本にとって
**「戦わずして国の姿が変わった戦争」**だったのです。
第一次世界大戦とは|日本はなぜ影響を受けたのか
1914年に始まった第一次世界大戦は、
主戦場がヨーロッパだったため、日本本土が直接攻撃されることはありませんでした。
しかしその一方で、
- 世界的な物資不足
- 国際貿易の構造変化
- 欧米諸国の生産力低下
が起こり、日本はその影響を強く受けることになります。
影響① なぜ日本経済は急成長したのか
ヨーロッパが戦争、日本が「世界の工場」になった
戦争でヨーロッパが「作れなくなった」
第一次世界大戦が始まると、
イギリス・フランス・ドイツなどの国々では、
- 工場労働者が戦場へ動員
- 原料や燃料が軍事優先
- 民間向け製品の生産が大幅に減少
という事態が起こります。
その結果、
世界中で工業製品が不足しました。
この不足分を埋めたのが、日本でした。
世界で何が不足し、どこで必要とされたのか
繊維製品|軍服・日用品の需要増
不足したもの
- 兵士の軍服
- 包帯・毛布
- 植民地向けの日用品
必要とされた地域
- イギリス本国
- アジア・アフリカの植民地
この分野で急成長したのが
鐘紡(カネボウ)・東洋紡などの日本の紡績会社です。
日本製の綿糸・綿布は、
ヨーロッパ製品の代替として世界に広がりました。
鉄鋼・機械|工業国家への転換点
戦争では、
- 武器・弾薬
- 鉄道・工場設備
- 輸送機械
が大量に必要になります。
日本では、
- 官営八幡製鉄所
- 民間の鉄鋼・機械工場
がフル稼働し、
重工業が本格的に成長しました。
この時期、日本は
軽工業中心の国から、工業国家へと大きく舵を切ります。
船舶・海運|「船をつくる国」へ
戦争中、ヨーロッパでは多くの船が、
- 軍事転用
- 敵国の攻撃による撃沈
で失われました。
そのため、
- 兵員輸送
- 物資輸送
に使う船舶が大量に必要になります。
三菱・川崎などの造船所が成長し、
日本は世界的な造船国として知られるようになります。
なぜ日本だけがここまで伸びたのか
日本が急成長できた理由は、主に3つです。
- 日本本土が戦場にならなかった
- 明治時代の工業化で基盤が整っていた
- アジア市場に地理的に近かった
つまり日本は、
需要を受け止められる準備ができていた国だったのです。
好景気の裏で起きていた問題
急成長の一方で、
- 物価の急上昇
- 賃金の伸び悩み
- 都市と農村の格差拡大
が進みました。
特に深刻だったのが、
米の価格高騰です。
この不満は、のちに
米騒動として爆発することになります。
影響② 国際社会での日本の立場の変化
第一次世界大戦後、日本は
- 戦勝国の一員
- 国際会議に参加する国
として扱われるようになります。
それまでの「追いつく国」から、
世界の秩序づくりに関わる国へと立場が変化しました。
影響③ 社会不安と民衆の不満の拡大
経済は成長したものの、
- 暮らしは楽にならない
- 政治が国民の声を反映しない
という不満が広がります。
この空気が、
- 米騒動
- 政党政治への期待
を生み出しました。
影響④ 民主主義意識はなぜ高まったのか
人々は次第に、
- 声を上げれば政治は変わる
- 選挙や政党に意味がある
と考えるようになります。
これが
大正デモクラシーへとつながっていきました。
まとめ|第一次世界大戦が日本に残したもの
第一次世界大戦は、日本に
- 急激な経済成長
- 国際的地位の上昇
- 格差と社会不安
- 民主主義への意識
を同時にもたらしました。
この戦争がなければ、
大正時代の社会のうねりは、
まったく違う形になっていたかもしれません。

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