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日本政党史
日本政党史⑧|男子普通選挙から立憲民政党成立まで
政治参加が広がっても、選挙だけでは政権を守れなかった 1925年、衆議院議員選挙法が改正され、選挙権に必要だった納税要件が撤廃されました。有権者は約300万人から約1240万人へ増え、25歳以上の男性であれば、原則として納税額にかかわらず投票できるよ... -
日本政党史
日本政党史⑦|原敬内閣から第二次護憲運動まで
一度成立した政党内閣は、制度として定着していなかった 1918年、衆議院第一党・立憲政友会の総裁である原敬が首相となり、日本で最初の本格的な政党内閣を組織しました。 しかし、これで「総選挙で第一党となった政党の党首が首相になる」という仕組みが... -
日本政党史
日本政党史⑥|第一次世界大戦・大戦景気・米騒動
選挙権を持たない人々の行動が、本格的な政党内閣の成立を後押しした 1913年から1918年までの日本政治を考えるうえで、第一次世界大戦、大戦景気、米騒動は別々の出来事ではありません。 第一次世界大戦に参戦した日本は、中国と太平洋で権益を広げました... -
出来事
ラジオ放送開始とは?同じ情報を同時に届けた大衆メディアの誕生
日本のラジオ放送は、1925年3月22日、東京・芝浦の仮放送所から始まりました。 新聞は多くの情報を届けていましたが、印刷と配達に時間がかかります。ラジオは、離れた場所にいる多くの人へ、声と音をほぼ同時に届ける新しいメディアでした。 ニュース、天... -
出来事
第二次護憲運動とは?政党内閣と普通選挙へつながった政治運動
第二次護憲運動は、1924年に憲政会、立憲政友会、革新倶楽部が清浦奎吾内閣を批判し、政党を基礎とする内閣と普通選挙の実現を訴えた政治運動です。 清浦内閣は、衆議院で多数を持つ政党を基盤とせず、貴族院の有力者を中心に組閣されました。 これに対し... -
出来事
日本共産党結成とは?非合法政党として始まった背景と思想統制
日本共産党は、第一次世界大戦後に社会主義・共産主義思想と労働運動が広がる中で、1922年ごろに組織されました。 党自身は1922年7月15日を創立日としています。ただし、活動が地下で行われ、当時の記録が限られるため、初期組織の成立時期や実態には研究... -
出来事
ワシントン会議とは?海軍軍縮と協調外交がつくった国際秩序
ワシントン会議は、1921年11月から1922年2月にかけて、アメリカの首都ワシントンで開かれた国際会議です。 第一次世界大戦後に続いていた海軍拡張競争を抑え、太平洋と中国をめぐる列強間のルールを整えることが主な目的でした。 日本はこの会議で、主力艦... -
出来事
三・一独立運動とは?朝鮮全土へ独立要求が広がった理由
三・一独立運動は、1919年3月1日を起点に、日本統治下の朝鮮で広がった独立運動です。 民族代表が独立宣言を公表し、学生や市民が「独立万歳」を叫んで行進しました。運動は京城だけでなく、農村や地方都市、海外の朝鮮人社会にも広がります。 日本の軍・... -
出来事
シベリア出兵とは?共同派兵が長期駐留へ変わった理由
シベリア出兵は、1918年から1922年にかけて、日本を含む連合国がロシア革命後のシベリアへ軍隊を送った出来事です。 日本は当初、アメリカなどと歩調を合わせ、現地で孤立したチェコスロバキア軍を救援するという枠組みで出兵しました。 しかし実際には、... -
人物
大正時代の人物一覧|“政治が動き、人々が声を持った時代”が見える人物
大正時代まとめ出来事一覧人物一覧大正時代の人物一覧|全4ページ大正時代の人物一覧人物名を並べるだけでなく、どの立場から誰と関わり、政治や社会をどう動かしたかを時期ごとに整理します。PAGE 1時代の始まり1912–1917PAGE 2民衆と政党1918–1920PAGE 3...
