1868年、日本は再び「戦い」の中にありました。
大政奉還によって幕府は政権を返し、
王政復古の大号令によって新政府が誕生したはずでした。
しかし現実は、
話し合いだけでは終わらなかったのです。
こうして始まったのが、
**戊辰戦争(ぼしんせんそう)**でした。
戊辰戦争とは|新政府と旧幕府が激突した内戦
戊辰戦争とは、1868年(慶応4年・明治元年)から1869年(明治2年)にかけて行われた、
新政府軍と旧幕府勢力との間の内戦です。
戦いは京都・江戸周辺から始まり、
東北、そして北海道へと広がっていきました。
この戦争は、
江戸時代の終わりと明治時代の始まりを決定づけた戦い
だったといえます。
なぜ戦争は避けられなかったのか|大政奉還と王政復古のすき間
戊辰戦争の原因は、ひとつではありません。
決定的だった3つの対立
- 王政復古による徳川家の政治的排除
- 新政府による一方的な権力集中
- 旧幕府側の「約束が違う」という反発
特に、旧幕府側から見れば、
大政奉還は「協議による政権移行」のはずでした。
しかし王政復古によって、
徳川家は政治の中心から完全に外されます。
ここで、
政治的対立は武力衝突へと変わったのです。
戊辰戦争の始まり|鳥羽・伏見の戦い
戊辰戦争の口火を切ったのは、
1868年1月の鳥羽・伏見の戦いでした。
新政府軍は
- 天皇の名のもとに戦う「官軍」
として正統性を主張します。
一方、旧幕府軍は
- 幕府再建
- 徳川家の名誉回復
を掲げて戦いました。
この戦いで新政府軍が勝利したことで、
戦局は一気に新政府側へ傾きます。
戊辰戦争の広がり|東北・北へ続いた戦い
鳥羽・伏見の戦いの後も、
戦争はすぐには終わりませんでした。
- 東北諸藩の抵抗
- 会津戦争
- 旧幕府海軍による脱出
日本列島を縦断するように、
戦いは北へ北へと広がっていきます。
最後の戦場|箱館戦争と五稜郭
戊辰戦争の最終局面は、北海道でした。
旧幕府勢力は
- 榎本武揚 を中心に
蝦夷地(北海道)へ渡り、独自政権を樹立します。
しかし1869年、
箱館戦争で新政府軍が勝利。
ここに、
戊辰戦争は完全に終結しました。
史実で整理する|戊辰戦争の基本データ
ここで、史実としての事実を整理します。
発生期間
- 1868年〜1869年(明治元年〜2年)
主な戦い
- 鳥羽・伏見の戦い
- 会津戦争
- 箱館戦争(五稜郭)
主な勢力
- 新政府軍(薩摩・長州中心)
- 旧幕府軍(幕臣・東北諸藩・旧幕府海軍)
戦争の性格
- 内戦
- 政治体制をめぐる武力衝突
最終的な結果
- 新政府軍の勝利
- 明治政府による全国統一
戊辰戦争を動かした人物たち
西郷隆盛
新政府軍の中心人物。
官軍の象徴として戦争を主導しました。
大久保利通
戦後の政治体制づくりを見据え、
戦争を終わらせる役割も担いました。
徳川慶喜
戦争の象徴的存在。
本人は早期に戦線を離脱しますが、
その立場が戦争の行方に大きく影響しました。
戊辰戦争が日本にもたらした影響
国内への影響
- 武士の時代の完全な終焉
- 明治政府による中央集権体制の確立
- 身分制度解体への流れ
海外への影響
- 内戦を乗り越えた国家としての評価
- 植民地化の回避
- 近代国家建設の加速
戊辰戦争は、
日本が近代国家へ踏み出すために支払った代償
だったともいえます。
まとめ|戊辰戦争は「避けられなかった戦い」だったのか
戊辰戦争は、
新政府と旧幕府のどちらかが
「悪」だったから起きた戦争ではありません。
- 政治的妥協の限界
- 権力移行の難しさ
- 国をまとめるという重さ
そのすべてが重なった結果でした。
大政奉還が
話し合いによる終わりだったとすれば、
戊辰戦争は
力によって決着をつけざるを得なかった現実
だったのです。

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