1929年。
世界は「景気が悪い」という段階を超えて、経済そのものが止まりかける体験をします。
株価の暴落をきっかけに、銀行が倒れ、企業が倒産し、失業者があふれる。
それが国境を越えて広がり、各国の政治や社会の空気まで変えていきました。
この世界規模の大不況が 世界恐慌(せかいきょうこう) です。
この記事では、
世界恐慌がなぜ起き、どう広がり、なぜ長引いたのか。
そして日本がどう影響を受け、昭和恐慌へつながったのかを整理します。
世界恐慌とは何か
世界恐慌とは、1929年のアメリカ株式市場の大暴落をきっかけに始まった、世界規模の深刻な経済不況です。
単なる不況と違うのは、
- 銀行破綻が相次ぐ
- 企業倒産が増える
- 失業が急増する
- 貿易が縮む
といった“経済の基盤”が崩れる現象が、複数の国で同時に起きた点です。
きっかけ|1929年の株価暴落は「合図」だった
世界恐慌の出発点として有名なのが、1929年の株価暴落(いわゆる“ブラック・チューズデー”)です。
ただし、暴落は突然の事故というより、不安定さが積み上がった末の崩れでした。
なぜ起きたのか|世界恐慌の背景にあった3つの不安定さ
① 「儲かる前提」で膨らんだ投資と株式市場
1920年代のアメリカでは、景気の良さを背景に株式投資が過熱しました。
問題は、企業の実力以上に期待が膨らみ、値上がりを前提に資金が集まったことです。
こういう局面は、少し空気が変わるだけで崩れます。
② 買いすぎ(過剰生産)と、売れない現実
景気が良いと工場は増産します。
ところが市場の需要は無限ではありません。
売れ残りが増え、利益が落ち、企業は投資を止める。
このタイミングで株価が下がり始めると、資金は一気に引いていきます。
③ 金融の連鎖|株の崩れが銀行に飛び火した
株価が下がると、投資家だけでなく金融機関にも打撃が出ます。
貸し付けが回収できなくなったり、預金者の不安が増えたりして、銀行が弱ります。
銀行が弱ると、企業への融資が止まり、企業が倒れる。
企業が倒れると、さらに銀行が苦しくなる。
こうして不況は、金融の連鎖で深刻化していきました。
なぜ世界へ広がったのか|「つながっていた」から止まらなかった
当時の世界経済は、
- 貿易
- 投資
- 金融
で強く結びついていました。
アメリカが崩れると、
- 貿易量が減る(輸出が売れなくなる)
- 海外への資金が引く(投資が止まる)
- 各国の景気も冷える
という形で連鎖が起きます。
国境があっても、経済は国境を越えてつながっていたのです。
不況が長引いた理由|「守ろう」とした行動が、さらに縮めた
世界恐慌が厄介だったのは、
各国が「自国を守ろう」とするほど、世界全体の回復が遅れたことです。
たとえば、
- 関税を上げて輸入を減らす(保護貿易)
- 通貨や財政を引き締める
- 企業や銀行が守りに入り、投資や雇用が止まる
こうした動きが重なると、世界の商売が縮み、回復の糸口が見えにくくなります。
日本への影響|輸出の落ち込みが暮らしを直撃した
日本は当時、生糸や繊維製品などの輸出に大きく依存していました。
世界恐慌で海外の需要が落ちると、輸出は急減し、価格も下がります。
特に農村では、
- 生糸価格の暴落
- 現金収入の減少
- 生活の困窮
が深刻化しました。
そして日本では、この世界恐慌の影響が 昭和恐慌 として表れます。
👉 昭和恐慌とは?なぜ不況が深刻化したのか
「すでに弱っていた」日本|世界恐慌が刺さりやすかった理由
世界恐慌の波を受けたとき、日本の金融はすでに不安定でした。
- 戦後恐慌(1920)の反動
- 関東大震災(1923)の後始末
- 震災手形の処理問題
- 金融恐慌(1927)の信用不安
つまり、体力が落ちた状態で世界の大波を受けたため、
不況が深刻化しやすかったのです。
👉 前段の流れはここで整理できます
戦後恐慌(1920)とは?なぜ不況になったのか
震災手形とは?なぜ金融不安の火種になったのか
金融恐慌とは?1927年に大正経済が揺れた理由
世界恐慌が残したもの|経済だけでなく社会の空気を変えた
世界恐慌は、経済の問題にとどまりませんでした。
- 失業と貧困の拡大
- 政治への不信
- “強いリーダー”を求める空気
- 国際協調が揺らぐ
不況が長引くと、人々の不安は政治の選択に影響しやすくなります。
その意味で世界恐慌は、1930年代の世界の方向を変えた出来事でもありました。
まとめ|世界恐慌のポイント
・世界恐慌は1929年の株価暴落をきっかけに始まった世界規模の大不況
・投資の過熱、過剰生産、金融の連鎖が崩れを深くした
・貿易と金融でつながっていたため、混乱は世界へ波及した
・各国の守りの政策が、回復を難しくし不況を長引かせた
・日本では輸出の落ち込みが直撃し、昭和恐慌へつながった

コメント