室町時代– tag –
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出来事
御霊合戦とは?「応仁の乱が始まってしまった」京都の衝突
応仁の乱は、会議で始まったわけではありません。1467年、京都の上御霊神社付近で起きた衝突――**御霊合戦(ごりょうかっせん)**が、「もう止まらない」空気を作りました。 それまで政治は、ギリギリの調整で踏みとどまっていました。しかし、この衝突で“... -
人物
畠山氏とは?名門が「割れると危険」だった理由
応仁の乱の話になると、細川・山名の対立がよく知られています。しかし、実際に京都の戦いを“現実の衝突”に変えた導火線の一つが、畠山氏の家督争いでした。 畠山氏は、単なる地方武士ではありません。畿内(京都周辺)に深く関わり、幕府中枢にも出入りで... -
出来事
明との国交開始(1401):対外関係が整い、交易が政治と財政を左右した(お金の流れが権力に直結する)
室町時代の外交は、ただの「海外とのやり取り」ではありません。交易(お金の流れ)を握ることが、権力そのものになる――その転換点が、**明との国交開始(1401)**です。 この出来事で動き出したのは、品物の交換だけではありません。幕府は、外交を通じて... -
出来事
応永の外寇とは?朝鮮が対馬を攻めた理由(1419年)をわかりやすく整理
応永の外寇(おうえいのがいこう)は、応永26年(1419)に李氏朝鮮の軍が対馬へ侵攻した事件です。朝鮮側では「己亥東征」とも呼ばれます。最大の狙いは、当時深刻だった倭寇(海賊・武装勢力)問題を抑え、「対馬を拠点にした襲撃を止めさせる」ことでし... -
出来事
応永の乱(1399〜1400):西国で反乱が起き、幕府の統制が試された(地方が動けば国が揺れる)
応永の乱は、**応永6年(1399)に西国最大級の守護大名・大内義弘**が、室町幕府の実力者 **足利義満に背き、堺で挙兵して敗死した反乱です。この事件は「反乱の勝ち負け」以上に、“地方の巨大勢力が動くと、中央の統治そのものが揺れる”**という室町政治... -
出来事
上杉禅秀の乱とは?関東が割れた3か月(1416〜1417)で何が起きたのか
「鎌倉が落ちた」「関東が真っ二つに割れた」――。室町時代の関東で起きた上杉禅秀の乱(1416年10月〜1417年1月)は、たった約3か月で鎌倉府の中枢をひっくり返した大事件です。 この乱は、単なる上杉氏の内輪揉めではありません。**鎌倉公方(足利持氏) v... -
出来事
応仁の乱とは?なぜ10年も続き、日本のルールが変わったのか
応仁の乱は「室町時代の内乱」として有名ですが、年号や名前だけ知っていても、正直わかりにくい出来事です。けれど、この戦いが重いのは “合戦の勝ち負け” ではありません。 応仁の乱は、京都で政治が止まり、全国が「中央の命令より、自分の都合」で動き... -
人物
富樫政親とは?加賀を治めた守護が「加賀一向一揆」に倒されるまで
はじめに|「戦国が始まる空気」は、加賀で先に爆発していた 戦国時代というと、全国の大名が争うイメージが強いかもしれません。でも加賀では、守護が国をまとめきれない不安定さが続き、ついに1488年、守護そのものが一揆で倒される事件が起きます。 そ... -
人物
蓮如とは?手紙で教えを広げ、本願寺を“巨大組織”に変えた中興の祖
はじめに|「戦国の前夜」を動かしたのは、武将だけじゃない 室町後期〜戦国前夜、社会を動かしたのは武将だけではありません。蓮如は、手紙(御文/御文章)という“届く言葉”で教えを広げ、門徒(信徒)を組織化し、本願寺を全国規模へ押し上げた人物です... -
出来事
明応の政変とは?将軍がすげ替えられ「戦国の入口」が開いた日
「応仁の乱が終わっても、世の中は落ち着かなかった」それを象徴する事件が、**明応の政変(1493年)**です。 これは、幕府のトップである将軍が、家臣側の主導で“交代”させられた政変。しかも、その後の日本は将軍が二系統に割れ、権威が一本に戻りにくい...
