第一次世界大戦は、
日本にとって「遠い戦争」でした。
ヨーロッパの戦場で起きた戦いは、
日本の都市や村を
直接破壊することはありません。
それでもこの戦争は、
日本という国の中身を大きく変えていきました。
戦場に立たなくても、
国は変わる。
その変化こそが、
第一次世界大戦の本当の影響でした。
第一次世界大戦と日本|どんな立場で参加したのか
日本は、
- 日英同盟を理由に
- 連合国側として参戦
しました。
ただし日本の戦争は、
- 主戦場が中国・太平洋地域
- 大規模な陸上戦闘は少ない
という特徴を持っていました。
このため日本は、
戦争の被害をほとんど受けずに、
戦争の影響だけを受ける
という、
特殊な立場に置かれます。
変化①|日本経済が一気に拡大した
第一次世界大戦がもたらした
最も大きな変化は、
経済の急成長でした。
なぜ経済が伸びたのか
- 欧州列強が戦争で生産停止
- 日本製品の需要が急増
- 軍需・民需の両面が拡大
その結果、日本は、
- 工業国として急成長
- 債務国から債権国へ
と立場を変えます。
日本は初めて、
世界経済の中心に近づいた
と言える状況に入りました。
変化②|豊かさの裏で生活は苦しくなった
しかし、
経済成長は平等ではありませんでした。
- 物価の上昇
- 米価の高騰
- 都市と農村の格差
特に生活必需品の値上がりは、
人々の暮らしを直撃します。
景気はいいのに、
生活は苦しい。
この矛盾が、
社会に不満を蓄積させていきました。
変化③|国民が声を上げ始めた
1918年、
全国で起きた 米騒動 は、
その不満が表に出た象徴的な出来事です。
ここで重要なのは、
国民が、
生活の問題を
政治の責任として訴えた
という点です。
人々は、
- 我慢する存在
から - 要求する存在
へと変わり始めました。
変化④|政治が世論を無視できなくなった
社会不安の広がりは、
政治のあり方も変えます。
- 世論への配慮
- 国民生活を意識した政策
- 政党の役割拡大
が求められるようになりました。
この流れの中で登場したのが、
原敬 です。
彼の政党内閣は、
国民の生活を基準に
政治を行う
という姿勢を、
日本政治に示しました。
変化⑤|「民主化」への動きが加速した
第一次世界大戦後、
日本社会では次の意識が広がります。
国を支えているのは、
一部の人間ではない。
この考えは、
- 普通選挙運動
- 労働運動
- 言論の活発化
へとつながり、
大正デモクラシーを支える土台となりました。
変化⑥|国際社会での立場が変わった
戦後、日本は
- 戦勝国
- 列強の一員
として国際会議に参加します。
発言力は増しましたが、
同時に、
国際秩序を守る責任
も背負うことになります。
世界の一員になったことで、
日本は
内政と外交を切り離せなくなった
のです。
史実で整理する|第一次世界大戦が日本にもたらした変化
参戦期間
- 1914年〜1918年
経済面
- 工業化の進展
- 輸出拡大
- 債権国化
社会面
- 物価高
- 米騒動
- 国民意識の変化
政治面
- 政党政治の重み増大
- 民主化の加速
世界大戦は日本に何を問いかけたのか
第一次世界大戦は、
日本に次の問いを突きつけました。
成長した国は、
誰のために存在するのか。
この問いに対する答えを、
日本はまだ持っていませんでした。
だからこそ、
- 国民参加を広げようとする動き
- 逆に、強さを求める動き
が、
同時に生まれていきます。
大正デモクラシーへの橋渡し
第一次世界大戦は、
- 経済的自信
- 社会的不満
- 政治への要求
を一気に高めました。
これがなければ、
大正デモクラシーは生まれなかった
と言っても過言ではありません。
世界大戦は、
日本社会を
内側から揺り動かしたのです。
まとめ|第一次世界大戦は「日本を内側から変えた戦争」だった
第一次世界大戦は、
- 日本に大きな被害を与えなかった
- しかし深い変化を残した
戦争でした。
それは、
- 経済の成長
- 社会の不安
- 国民意識の目覚め
という形で、
日本社会の方向性を変えた
出来事だったのです。
戦場の外で起きた変化こそが、
この戦争の最大の意味でした。
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