大正時代は、ある日突然終わったわけではない
大正時代(1912〜1926年)は、
天皇の崩御によって区切りがついた時代です。
けれど、社会の空気まで含めて考えると、
大正はある日突然「終わった」わけではありません。
人々の心の中では、
少しずつ、静かに、
「あれ? この時代、うまくいってないかもしれない」
という違和感が積み重なっていきました。
その違和感こそが、
大正時代が終わりへ向かっていった正体でした。
大正時代は、どんな希望を背負った時代だったのか
大正時代は、
それまでの日本にはなかった空気をまとっていました。
- 政治に声が届くかもしれない
- 自由に意見を言っていいかもしれない
- 生き方を選べるかもしれない
いわゆる 大正デモクラシー の時代です。
都市には活気があり、
文化は華やかで、
人々はどこか前向きでした。
ただしその希望は、
まだ十分に支えられていない希望でもありました。
戦争のあとの現実が、静かに重くのしかかる
第一次世界大戦のあいだ、日本は好景気に沸きました。
工場は忙しく、
都市は成長し、
「これからもっと豊かになる」
そんな期待もありました。
ところが戦争が終わると、
その流れは急に止まります。
- 仕事が減る
- 会社が苦しくなる
- 暮らしが不安定になる
好景気のあとに来たのは、
思っていたよりずっと冷たい現実でした。
米騒動が教えてくれたこと
1918年の米騒動は、
単なる「お米が高い」という話ではありません。
- 生活が苦しい
- でも政治は遠い
- 誰にも話を聞いてもらえない
そんな思いが積み重なって、
一気に噴き出した出来事でした。
このとき多くの人が感じたのは、
自由や民主主義があっても、暮らしが守られなければ意味がない
という、かなり切実な現実です。
政党政治への期待が、少しずつしぼんでいく
原敬内閣が誕生したとき、
人々は確かに期待しました。
「これで政治が変わるかもしれない」と。
けれど、
- 生活はすぐに良くならない
- 選挙の仕組みも大きくは変わらない
- 改革は思ったより遅い
そんな状況が続きます。
期待が大きかったぶん、
失望もまた、じわじわと広がっていきました。
関東大震災が、空気を一変させた
1923年の関東大震災は、
大正時代にとって決定的な出来事でした。
街は壊れ、
多くの命が失われ、
人々は不安と恐怖の中に放り込まれます。
それまであった
「なんとかなる」「前に進めばいい」
という空気は、ここで一気に消えました。
代わりに広がったのは、
- まずは秩序
- まずは安定
- 自由よりも安全
という考え方でした。
自由よりも「不安を抑える」政治へ
震災のあと、政治の優先順位は変わっていきます。
- 社会を落ち着かせること
- 危ない動きを抑えること
- 混乱を広げないこと
民主主義が否定されたわけではありません。
ただ、
「今はそれどころじゃない」
という空気が社会を包み込んでいきました。
大正デモクラシーは、
声高に否定されることなく、
静かに後ろへ押しやられていったのです。
大正時代の終わりは、すでに始まっていた
1926年、大正天皇の崩御によって、
元号としての大正は終わります。
けれど多くの人にとって、
それは「やっぱり終わったか」という感覚でした。
すでに社会の中では、
- 明るさより不安
- 理想より現実
が強くなっていたからです。
大正時代は、無駄だったのか
そうではありません。
大正時代があったからこそ、
- 政治に声を上げる経験
- 民主主義を試した記憶
- 個人を尊重する感覚
が、日本社会に残りました。
同時に、
自由は、守る仕組みがなければ続かない
という、大切な教訓も残します。
まとめ|大正時代はなぜ終わりへ向かったのか
大正時代は、
- 希望を持った
- 試してみた
- けれど支えきれなかった
そんな時代でした。
だからこそ大正は、
ただ「終わった」のではなく、
次の時代へ重たい課題を残して終わったのです。
私たちは今も、
その続きを生きているのかもしれません。

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