MENU
記事を探す

軍部独裁とは?なぜ軍が政治を動かしたのか|「選ばれた」のではなく「止められなかった」

昭和初期、日本の政治は、
いつの間にか軍の意向を無視できない状態になっていました。

内閣は倒れ、
外交は強硬になり、
戦争への道が進んでいきます。

この状態を、
軍部独裁と呼びます。

なぜ、日本では
軍が政治を動かすようになってしまったのでしょうか。


目次

軍部独裁とは|一文でわかる定義

軍部独裁とは、軍が政治に強い影響力を持ち、内閣や議会よりも軍の判断が優先される状態を指します。


軍が政治から切り離されていなかった仕組み

明治憲法のもとでは、
陸軍・海軍は天皇の統帥権に属するとされていました。

これは、
軍が内閣や議会の直接的な指揮を受けないことを意味します。

さらに、
陸軍大臣・海軍大臣は、
現役の将官でなければ務められないという慣例がありました。

この仕組みによって、
軍は「協力しなければ内閣を成立させない」
という立場を持つようになります。


なぜ軍の発言力が強まったのか

軍部独裁は、
一気に生まれたものではありません。

背景には、
いくつもの要因が重なっていました。

日清戦争・日露戦争の勝利は、
軍に大きな発言力と自信を与えます。

一方で、
政党政治は不安定さを抱え、
国民の不満も高まっていました。

「政治は頼りない」
「軍こそが国を守る」

そんな空気が、
少しずつ社会に広がっていったのです。


軍は「守る存在」から「決める存在」へ

本来、
軍の役割は国を守ることでした。

しかし次第に、
外交や内政についても
意見を述べるようになります。

満州事変など、
現地の判断で行動し、
後から政府が追認する形も増えていきました。

軍の行動を止められない。
それが、
軍部独裁の実態でした。


制度として整理するとどうなるのか

ここで、軍部独裁を整理します。

主に進んだ時期
昭和初期(1930年代)

中心となった立場
陸軍・海軍の指導部

特徴
軍の意向が内閣や議会に優先される

制度的な意味
文民統制が十分に機能しなかった状態


なぜ止めることができなかったのか

軍部独裁が進んでも、
それを止める力は弱まっていました。

反対意見は
「非国民」と見なされやすくなり、
言論の自由は次第に狭まっていきます。

治安維持法などの法制度も、
異論を封じる方向で使われました。

こうして社会全体が、
軍に逆らいにくい空気に包まれていきます。


軍部独裁がもたらした結果

軍の判断が優先される政治は、
やがて戦争への道を加速させました。

外交的な妥協は難しくなり、
対立は武力で解決する方向へ向かいます。

その行き着く先が、
太平洋戦争でした。

軍部独裁は、
日本を戦争へ導いた
大きな要因の一つだったのです。


軍部独裁から学べること

軍部独裁は、
「誰かが突然権力を奪った」話ではありません。

制度の隙間。
政治への不信。
社会の空気。

それらが重なった結果、
止められない力が生まれてしまいました。

だからこそ、
この歴史は、
過去の出来事で終わらせてはいけないのです。


まとめ

軍部独裁とは、軍が選ばれたのではなく、止められなくなった結果でした。

守るはずの力が、
決める力へ変わったとき、
社会は大きな代償を払うことになります。

軍部独裁を知ることは、
政治と力の距離をどう保つべきかを考えることでもあるのです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次