昭和時代– tag –
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出来事
爆弾三勇士とは?自己犠牲の美談と、史料で確定できないこと
「爆弾三勇士」は、1932年の第一次上海事変で、鉄条網を爆破する任務中に戦死した江下武二・北川丞・作江伊之助の三人を、死後に英雄として呼んだ名称です。 三人が危険な任務に就き、爆発で亡くなったことは確認できます。しかし、自ら死ぬことを意図した... -
出来事
修身教育はなぜ終わったのか?GHQ指令と70年の道徳教育の終焉
修身教育は、1945年12月31日のGHQ指令により、日本歴史・地理とともに授業が停止され、教科書と教師用参考書の回収を命じられました。 これは「道徳を教えること」そのものの終わりではありません。軍国主義・極端な国家主義と結びついた戦前の教科・教材... -
人物
加藤建夫とは?「空の軍神」と呼ばれた指揮官の実績と英雄像
加藤建夫は、太平洋戦争初期に一式戦闘機「隼」を装備した飛行第64戦隊を率い、1942年にビルマ方面で戦死した陸軍軍人です。 加藤の部隊指揮と戦歴は軍の記録で確認できます。一方、「空の軍神」という人物像は、死後の発表、新聞、映画、歌などによって国... -
人物
飯沼正明とは?「神風号」が特攻ではない理由をやさしく解説
飯沼正明は、1937年に国産機「神風号」を操縦し、東京からロンドンまでの長距離飛行を成功させた民間飛行士です。 ここでいう「神風」は、戦争末期の特別攻撃隊ではありません。国産航空機の技術と国際親善を象徴する機体名でした。飯沼の生涯から見えてく... -
ジャパレキ自由帳
修身とは?教科書からたどる、戦前の日本人が学んだ生き方
修身とは、近代日本の学校で、人としての行い方や社会の中での務めを教えた科目です。ここで最初に押さえたいのは、修身は教育勅語をもとに新しく作られた科目ではないということです。修身の授業は教育勅語より前からあり、明治23年(1890年)に教育勅語... -
出来事
教育勅語はなぜ失効した?戦前の運用と1948年の国会決議
教育勅語は、敗戦後に日本国憲法と教育基本法による教育へ転換したことで、教育の根本原理としての地位を失いました。1948年6月19日、衆議院は排除を決議し、参議院はすでに失効していることを確認しました。 教育勅語を歴史から考える|全10回シリーズ ← ... -
思想・価値観
戦後、武士道はどう語られてきたのか?――武道の復活、企業倫理への転用、そして現代への問い
敗戦後、武道は国家主義・軍国主義に加担したものとしてGHQにより一時禁止され、スポーツとして再出発しました。一方で学術研究では、新渡戸稲造の武士道像そのものへの批判も根強くあります。「現代日本人に武士道が残っている」と一括りに断定できない理由と、良い面・危うい面の両方を考えます。 -
思想・価値観
戦前の日本で武士道はどう使われたのか?――教育勅語・軍人勅諭と『武士道』の距離
国民道徳の基準を示した教育勅語(1890年)、軍人精神の基本とされた軍人勅諭(1882年)には、実は「武士道」という語は使われていません。武士道が国家思想と結びつくのは、井上哲次郎らがそれを国民道徳論の言葉として再構成していった、もう少しあとの時代のことでした。「武士道=軍国主義」と単純に言い切れない理由を史料から整理します。 -
人物
昭和時代の人物一覧|激動の時代を「誰が動かしたのか」が見える人物
昭和は、戦争へ向かう前半と、敗戦後の再出発から成長へ向かう後半で、社会の前提がまるごと変わった時代です。このページでは重要人物を「役割別」に整理しました。気になる人物から読み進めてください。 昭和時代の人物は、「時代の流れ」と「出来事」を... -
出来事
戦後の教育改革とは?新しい学びの始まり
戦後の日本は、焼け野原から街を直すだけでなく、「この国をどんな社会にするのか」という土台から作り直していきました。 その中心にあったのが、教育改革です。 なぜなら教育は、未来の社会をつくる“設計図”だからです。戦争を経験した日本は、二度と同...
