MENU
記事を探す

徴兵令とは?なぜ国民皆兵が始まったのか

1873年。
明治政府は、国民に向けて
ある強いメッセージを発しました。

それは、
「国を守るのは、一部の人間ではない」
という宣言です。

この考えを具体的な形にしたものが、
徴兵令(ちょうへいれい)
でした。


目次

徴兵令とは|国民に兵役の義務を命じた法令

徴兵令とは、
1873年(明治6年)に出された、
国民に兵役の義務を課す法令です。

これにより日本は、

  • 武士だけが戦う国
    から
  • 国民全体で国を守る国

へと、大きく転換しました。

徴兵令は、
「徴兵制」を実際に動かすための法的命令
だったのです。


なぜ徴兵令が出されたのか|武士の軍事力の限界

明治政府が直面していた現実は、非常に厳しいものでした。

外からの現実

  • 欧米列強の圧倒的軍事力
  • アジア諸国が次々と植民地化
  • 不平等条約による主権制限

内からの問題

  • 武士の数は限られている
  • 藩ごとに軍が分かれている
  • 近代戦に対応できない

この状況で政府は、
はっきりと理解します。

武士だけでは、国は守れない。


国民皆兵という発想|「国=武士」の終わり

徴兵令の根底にあったのが、
国民皆兵(こくみんかいへい)
という考え方です。

これは、

  • 国を守る義務は
  • すべての国民が等しく負う

という、当時としては非常に新しい発想でした。

つまり徴兵令は、
身分制度そのものを否定する命令
でもあったのです。


徴兵令の内容|何が命じられたのか

徴兵令によって定められた主な内容は、次の通りです。

  • 一定年齢の男子に兵役義務
  • 原則3年間の現役勤務
  • 身分に関係なく対象

これまで「戦わない存在」だった農民や町人も、
国家の兵士になることが求められました。

この変化は、
人々の価値観を根底から揺さぶります。


史実で整理する|徴兵令の基本データ

ここで、史実として整理します。

発布年

  • 1873年(明治6年)

法令の性格

  • 国民への兵役義務命令

対象

  • 原則として成年男子

目的

  • 近代的常備軍の創設
  • 国家防衛力の強化

特徴

  • 身分制の軍事的否定
  • 国民国家形成の象徴

徴兵令を主導した人物

山県有朋

欧州の軍制を研究し、
国民皆兵こそが近代国家の基本だと考えました。

大久保利通

国家存続のため、
国民に負担を求める決断を支持しました。


人々の反応|「血税」と呼ばれた恐怖

徴兵令は、
国民に歓迎されたわけではありません。

人々は兵役を
「血税(ちぜい)」
と呼びました。

  • 命を取られる
  • 家族と引き離される
  • 理由が分からない

各地で、

  • 徴兵逃れ
  • 反対運動
  • 一揆

が発生します。

徴兵令は、
もっとも反発を受けた明治改革の一つ
でした。


徴兵令が日本にもたらした変化

国家への影響

  • 全国統一軍の成立
  • 軍事力の近代化
  • 外交交渉力の向上

社会への影響

  • 身分意識の崩壊
  • 「国民」という自覚の形成
  • 国家が個人に深く関与する社会の始まり

徴兵令は、
国家と個人の関係を変えた法令
だったのです。


徴兵制との違い|混同しやすいポイント

項目徴兵令徴兵制
性格法令・命令制度全体
役割兵役を命じる軍の仕組み
位置づけ実行命令継続的制度

👉 徴兵令が出たことで、徴兵制が動き始めた
と理解すると整理しやすくなります。


まとめ|徴兵令は「国の守り方」を国民に問いかけた命令だった

徴兵令は、
単なる軍事命令ではありません。

それは、

  • 国を守るのは誰か
  • 国家とは何か
  • 個人は国とどう向き合うのか

を、国民一人ひとりに突きつけた法令でした。

徴兵令によって日本は、
「武士の国」から「国民の国」
へと、大きく舵を切ったのです。


次に読みたい関連記事

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次