明治維新– tag –
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出来事
維新の三傑の最期|西郷・木戸・大久保、明治維新後に分かれた三つの道
明治維新、その後 維新の三傑の最期 西郷・木戸・大久保、明治維新後に分かれた三つの道 江戸幕府を倒し、新しい国をつくった三人。しかし、幕府という共通の相手が消えたあと、三人が選んだ道は少しずつ分かれていきました。 1877年5月26日木戸孝允 1877... -
人物
木戸孝允とは?桂小五郎から明治国家の設計者へ
薩摩と長州。長らく敵対していた二つの藩を結びつけたのは、一人の長州藩士でした。 木戸孝允。 幕末には長州藩の代表として薩長同盟に関わり、明治になってからは、国家の骨格そのものをつくる仕事に携わりました。 薩長同盟 敵対する藩を結ぶ 幕末、長... -
人物
吉田松陰とは?黒船密航の失敗を教育へ変えた思想家の生涯
吉田松陰は、黒船来航後に海外渡航を試みて失敗し、幽囚中の教育を通して幕末の若者に大きな影響を与えた思想家・教育者です。 松陰の生涯は「行動する人」という一言だけでは捉えられません。規則を破ってでも学ぼうとする大胆さは、密航未遂や投獄を招き... -
思想・価値観
尊王攘夷とは?なぜ幕末に広がり、倒幕へつながったのか
尊王攘夷とは、天皇を尊ぶ「尊王」と、外国勢力を退ける「攘夷」が結びついた幕末の思想・政治運動です。 ただし、尊王攘夷を最初から「幕府を倒す思想」だったと考えると、幕末の流れを見誤ります。尊王論は江戸時代の学問や政治思想のなかで育ち、攘夷論... -
出来事
士族反乱と武士の時代の終わり|なぜ維新を支えた武士は政府と戦ったのか【明治維新・第6編】
1877年9月24日、鹿児島・城山。 夜が明けるころ、政府軍による総攻撃が始まりました。追い詰められていたのは、西郷隆盛/大久保利通 第7章|田原坂――勇敢さだけでは越えられない差 熊本城の北にある田原坂では、激しい戦いが続きました。 西郷軍には、戊... -
出来事
版籍奉還と廃藩置県|なぜ明治政府は自らを支えた藩をなくしたのか【明治維新・第5編】
1869年、戊辰戦争をたどり、なぜ維新を支えた武士が新政府と戦うことになったのかを見ていきます。 明治維新とは|武士の国が終わり、近代国家が始まった転換点 概要123456 現在のページ第5編|版籍奉還と廃藩置県 -
出来事
戊辰戦争と国内統一|なぜ江戸開城後も戦いは箱館まで続いたのか【明治維新・第4編】
1868年4月、江戸城は大規模な戦闘をせず、新政府軍へ明け渡されました。 人口の集中する江戸は戦火を免れます。しかし、戦争は終わりませんでした。上野、北越、会津、そして箱館へ。戦場は北へ移りながら、翌年まで続きます。 なぜ、将軍が恭順をたどり、... -
出来事
大政奉還と江戸幕府の消滅|政権を返したのになぜ戦争になったのか【明治維新・第3編】
1867年10月、徳川慶喜は政権を朝廷へ返すと申し出ました。大政奉還旧幕府勢力が政権を取り戻す軍事的可能性 幕府の消滅は、一日の出来事ではありません。 政権を返し、制度が廃止され、戦いに敗れ、旧幕府勢力の抵抗が終わる。政治と軍事の両面で、段階的... -
出来事
京都政局と長州藩の逆転|追放された長州藩はなぜ倒幕勢力へ変わったのか【明治維新・第2編】
1863年、政治の主導権をめぐる争いの舞台は、将軍のいる江戸から天皇のいる京都へ移っていました。 朝廷への影響力を強めていたのは、長州藩と急進的な尊王攘夷/西郷隆盛 第二次長州征伐を詳しく読む → 敗北の意味は、軍事上の失敗だけではありません。 ... -
出来事
黒船来航と幕府の動揺|なぜ開国が江戸幕府を弱めたのか【明治維新・第1編】
1853年7月、浦賀沖。 水平線の向こうから、黒い煙を上げる四隻の艦船が姿を現しました。人々が「黒船」と呼んだアメリカ艦隊です。 率いていたのは、東インド艦隊司令長官マシュー・ペリー。目的は、日本をただ威嚇することではありませんでした。太平洋を...
