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国学・水戸学とは?幕末思想につながる江戸時代の学問をわかりやすく解説

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国学・水戸学とは、江戸時代に発展した日本独自の思想・学問で、後の尊王攘夷思想の形成にも関わったとされています。国学は儒学や仏教が伝来する以前の日本人本来の考え方を探る学問として、水戸学は2代水戸藩主・徳川光圀による『大日本史』編纂をきっかけに発展した学問として、それぞれ独自の展開を遂げていったと伝えられています。両者はもともと別々の学問でしたが、幕末が近づくにつれて互いに結びつき、日本の思想史に大きな影響を与えていったと考えられています。

目次

この記事でわかること

  • 国学とはどのような学問か
  • 国学の四大人(荷田春満・賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤)
  • 水戸学の始まりと『大日本史』編纂
  • 水戸学が尊王論を強めていった経緯
  • 国学・水戸学・儒学が結びついて生まれた尊王攘夷思想
  • 水戸学と幕末の関わり

国学とは何か

国学は、儒学や仏教が伝来する以前の日本人本来の考え方を探ろうとする学問で、儒学(漢学)よりも古い時代の日本にあった思想への回帰を目指すものだったとされています。『万葉集』や『古事記』といった日本古来の文献を、後世の解釈にとらわれずに読み直そうとする姿勢が特徴の一つだったと考えられます。荻生徂徠の古文辞学(中国語の文献を正確に読み解き、恣意的な解釈を排する方法)が、こうした国学の発達に影響を与えたとも伝えられています。

国学の四大人

国学は、荷田春満(伏見稲荷大社の神官で、古典研究を行った人物)に始まり、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤という「国学の四大人」と呼ばれる学者たちによって発展していったとされています。賀茂真淵は『万葉集』を研究し、力強い歌風を意味する「ますらおぶり」という考え方を提唱しました。本居宣長は、30年にわたる『古事記』研究を通じて『古事記伝』を著し、「もののあはれ」という考え方を説きながら、国学を大成した人物として位置づけられています。儒学的な理屈っぽさを排し、日本人本来の感性や精神性を重んじる立場を代表する人物として紹介されることも多いようです。平田篤胤は、復古神道を提唱し、国学の思想をさらに発展させたと伝えられています。この4人の系譜は「国学の四大人」と呼ばれ、国学の展開を理解するうえでの基本的な枠組みとして紹介されることが多いようです。

水戸学の始まりと『大日本史』編纂

水戸学は、2代水戸藩主・徳川光圀(1628〜1700年)が『大日本史』の編纂を命じたことに始まる学問だったとされています。『大日本史』は日本の歴史を体系的にまとめようとする編纂事業で、この事業を通じて、水戸藩では歴史や政治のあり方を学問的に問い直す気運が育っていったと考えられます。水戸学はもともと朱子学にもとづいていましたが、外国船の来航といった対外的な危機を受けて、後期水戸学と呼ばれる段階では、儒学や神道などを統合しながら独自の発展を遂げ、天皇を第一に敬う尊王論を精神的な支柱として強調するようになっていったと伝えられています。水戸藩の藩校・弘道館には「尊攘」の掛け軸が伝わっているとされ、水戸学における尊王攘夷の考え方の広がりを示すものとして紹介されています。

国学・水戸学と尊王攘夷思想の成立

天皇を崇敬する国学の主張と、水戸学が説く尊王論、そして儒学の大義名分論が結びつくことで、幕末の尊王攘夷思想(攘夷とは、外敵を排除するという考え方)が成立していったとされています。大義名分論とは、君臣の上下関係やそれぞれの立場にふさわしいふるまいを重んじる考え方で、朱子学の思想とも重なる部分が大きいとされています。幕末期には、藤田幽谷らが後期水戸学を形成し、この尊王攘夷運動を思想的に支えたと伝えられています。

水戸学と幕末の関わり

もっとも、尊王論はもともと将軍を支えるための体制維持の論理として説かれたものだったとされ、水戸藩自身も徳川将軍家の親藩の一つでした。将軍を支えるはずの水戸藩から、幕府にとって都合の悪い方向にもつながりうる思想が育っていったという点は、江戸時代の思想の展開を考えるうえで興味深い事例の一つだと言えそうです。しかし、この尊王論が攘夷論と結びついたことで、皮肉にも水戸藩が倒幕につながる思想的な原動力の一つを生み出す結果になった、という見方が本書では示されています。ただし、これはあくまで一つの解釈であり、尊王攘夷運動や幕末の政局への具体的な接続経路については、個別の人物・事件も含めてさらに詳しい検証が必要とされています。

まとめ

国学は儒学・仏教以前の日本人本来の思想を探る学問として、水戸学は徳川光圀による『大日本史』編纂をきっかけに発展した学問として、それぞれ独自の系譜を持っていたと考えられています。両者が儒学の大義名分論とも結びつくことで、天皇を敬う尊王論と外敵排除を説く攘夷論が一体となった尊王攘夷思想が形成され、幕末の政局にも影響を与えていったとされています。国学・水戸学と幕末の具体的な出来事との関係は、本記事で紹介した内容を一つの手がかりとして、今後さらに詳しく見ていく余地があるテーマだと言えそうです。江戸時代を通じて育まれてきた学問や思想が、時代の終わりを準備する一因にもなったという点は、江戸時代全体の流れを振り返るうえでも示唆に富む視点だと考えられます。同じ時代には、オランダを通じて西洋の知識を学ぶ蘭学という学問も独自に発展しており、国学・水戸学とはまた異なる形で、江戸時代の学問の幅を広げていったとされています。

参考資料

『テーマ別だから政治も文化もつかめる江戸時代』
伊藤賀一 監修/かみゆ歴史編集部 編
朝日新聞出版、2022年

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