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国学・水戸学とは?幕末思想へつながった学問の流れ

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国学こくがく水戸学みとがくとは、江戸時代に発展した日本の古典・歴史・政治をめぐる学問です。どちらも幕末思想に影響を与えましたが、もともとは同じ学問ではありません。

国学こくがくは、『古事記こじき』『万葉集まんようしゅう』などの古典を読み直し、日本の古い言葉や心のあり方を探ろうとした学問です。水戸学みとがくは、水戸藩の『大日本史だいにほんし』編さん事業をもとに、日本の歴史と政治秩序を考えた学問です。

幕末になると、国学こくがく水戸学みとがくの考え方は、尊王攘夷思想そんのうじょういしそうと結びついて語られるようになります。ただし、「国学こくがく水戸学みとがくがそのまま倒幕思想になった」と単純に考えるのではなく、それぞれの成り立ちと違いを分けて見ることが大切です。

目次

この記事でわかること

  • 国学こくがくとはどのような学問か
  • 国学の四大人こくがくのしたいじんとは誰か
  • 水戸学みとがくと『大日本史だいにほんし』の関係
  • 国学こくがく水戸学みとがくの違い
  • 尊王攘夷思想そんのうじょういしそうとのつながり

国学こくがくとは何か

国学こくがくは、日本の古典を研究する学問です。『古事記こじき』『日本書紀にほんしょき』『万葉集まんようしゅう』などを読み、後世の儒学じゅがくや仏教の解釈をいったん離れて、古い時代の言葉や感性を理解しようとしました。

国学こくがくは「日本人本来の心」を探ろうとした学問として説明されることがあります。ただし、これは単なる精神論ではありません。古典の言葉を丁寧に読み、語句や歌、物語を通じて古代の世界を理解しようとする、文献研究の側面が大きい学問でした。

国学の四大人こくがくのしたいじん

国学こくがくの展開を理解するうえでよく紹介されるのが、国学の四大人こくがくのしたいじんです。

人物特徴
荷田春満かだのあずままろ伏見稲荷ふしみいなりの神官で、国学こくがくの出発点に位置づけられる人物。
賀茂真淵かものまぶち万葉集まんようしゅう』研究を進め、古代の力強い歌風を重視した。
本居宣長もとおりのりなが古事記伝こじきでん』を著し、「もののあはれ」の考え方でも知られる。
平田篤胤ひらたあつたね復古神道ふっこしんとうを展開し、国学こくがくをより宗教的・思想的な方向へ広げた。

この四人を並べると、国学こくがくがただ一つの形で進んだわけではないことがわかります。古典研究としての国学こくがくもあれば、神道や幕末思想へ近づいていく国学こくがくもありました。

水戸学みとがくとは何か

水戸学みとがくは、水戸藩で発展した歴史・政治の学問です。大きな出発点は、2代水戸藩主・徳川光圀とくがわみつくにが始めた『大日本史だいにほんし』の編さん事業でした。

大日本史だいにほんし』は、日本の歴史を体系的にまとめようとした大事業です。この歴史編さんを通じて、水戸藩では、天皇、将軍、武士、国家の秩序をどう考えるかという問題が深く意識されるようになりました。

水戸学みとがくはもともと儒学じゅがく朱子学しゅしがく大義名分論たいぎめいぶんろんと強く結びついていました。大義名分論たいぎめいぶんろんとは、君臣の上下関係や、それぞれの立場にふさわしい役割を重んじる考え方です。

国学こくがく水戸学みとがくの違い

国学こくがく水戸学みとがくは、どちらも日本の古典や歴史に関わります。しかし、出発点は異なります。

学問出発点重視したもの
国学こくがく古典研究古代の言葉、歌、物語、日本の心や感性。
水戸学みとがく歴史編さん日本史の秩序、天皇と政治、君臣関係。
儒学じゅがく朱子学しゅしがく中国古典の学問大義名分、秩序、修養、政治道徳。

国学こくがくは古典の言葉や感性を読み解こうとし、水戸学みとがくは歴史を通じて政治秩序を考えました。両者は重なる部分もありますが、同じ学問ではありません。

尊王攘夷思想そんのうじょういしそうとのつながり

幕末になると、国学こくがく水戸学みとがく尊王攘夷思想そんのうじょういしそうと結びついて語られるようになります。尊王とは天皇を尊ぶこと、攘夷とは外国勢力を退けようとすることです。

国学こくがくは、日本の古典や天皇を中心とする歴史意識を強めました。水戸学みとがくは、大義名分論たいぎめいぶんろんをもとに天皇と政治秩序を考え、後期水戸学みとがくでは対外危機の中で尊王攘夷そんのうじょういの色彩を強めていきました。

ただし、ここでも注意が必要です。尊王論は、最初から倒幕を意味したわけではありません。水戸藩は徳川将軍家の親藩であり、尊王論も幕府秩序を支える考え方として語られる面がありました。幕末の政治状況が変化する中で、尊王攘夷そんのうじょういの意味も変わっていったのです。

幕末への影響をどう見るか

国学こくがく水戸学みとがくは、幕末の思想に影響を与えました。けれども、国学こくがくを学んだ人が全員倒幕派になったわけでも、水戸学みとがくがそのまま倒幕思想だったわけでもありません。

黒船来航くろふねらいこうや開国問題、幕府と朝廷の関係、諸藩の政治判断が重なる中で、国学こくがく水戸学みとがく儒学じゅがくの考え方がさまざまに読み替えられていきました。思想は、時代の状況によって意味を変えながら動いていったのです。

同じ江戸時代の学問でも、西洋の知識を学ぶ蘭学らんがくは別の方向へ広がりました。国学こくがく水戸学みとがく蘭学らんがくを並べて見ると、江戸時代の学問が一つの方向だけに進んだわけではないことがわかります。

まとめ

国学こくがくは、日本の古典を読み直し、古代の言葉や感性を探ろうとした学問です。水戸学みとがくは、水戸藩の『大日本史だいにほんし』編さんを背景に、日本の歴史と政治秩序を考えた学問です。

両者は幕末の尊王攘夷思想そんのうじょういしそうに影響を与えましたが、もともとは別々の学問でした。国学こくがく水戸学みとがくを理解するときは、「幕末へ直結した思想」とだけ見るのではなく、古典研究、歴史編さん、儒学じゅがく、大義名分、対外危機が重なって変化していった流れとして見ることが大切です。

参考資料

  • 日本大百科全書・国史大辞典「国学こくがく」「水戸学みとがく
  • 『テーマ別だから政治も文化もつかめる江戸時代』
  • 水戸市・弘道館こうどうかん関連資料

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