1910年(明治43年)。
一人の化学者が、
米ぬかの中から、
世界で初めてビタミンを取り出しました。
鈴木梅太郎による、オリザニンの発見です。
当時、多くの人を苦しめていた脚気という病。
その治療薬として、この発見は大きな意味を持ちました。
鈴木梅太郎とはどんな人物か
鈴木梅太郎は、農芸化学を専門とする研究者です。
米ぬかに含まれる成分を分析し、
脚気を防ぐ働きがある物質を発見しました。
この物質は、のちに「ビタミンB1」として知られるようになる栄養素でした。
世界で初めてビタミンの存在を明らかにした研究として、高く評価されています。
脚気とオリザニンの発売
脚気は、当時の日本で広く見られた病気でした。
手足のしびれやむくみを引き起こし、重症化すると命に関わることもありました。
原因がわからないまま、多くの人が苦しんでいたこの病に対し、
鈴木梅太郎は1910年、
脚気治療薬「オリザニン」を発売しました。
高峰譲吉と理化学研究所
同じ時期、化学者の高峰譲吉も、
アドレナリンやタカジアスターゼの商品化に成功していました。
こうした研究の広がりを背景に、理化学研究所(理研)が設立されます。
日本の科学技術は、明治末期に大きく発展していきました。
人口急増と医学・栄養学の発達
明治時代の45年間で、日本の人口は大きく増加しました。
- 幕末:推定約3300万人
- 明治末:約5000万人
この急激な人口増加を支えたのが、医学や薬学の発達、上下水道の整備といった衛生環境の改善でした。
鈴木梅太郎によるビタミンの発見も、その延長線上にある成果のひとつでした。
米ぬかという、身近な素材から見出された発見。
それは、目に見えない栄養素の存在を、初めて科学の力で証明した瞬間でした。
ひこまるとやたまるで理解するポイント
ひこまるオリザニンを見つけたら、すぐに脚気を治せるようになったの?



そこは単純ではないんじゃ。発見は栄養研究の重要な一歩だったが、脚気の原因理解や治療の普及には時間がかかったんじゃよ。



それでも鈴木梅太郎の研究が重要なのはなぜ?



食べ物に含まれる微量の成分が健康を左右するという考えを切り開いたからじゃ。のちのビタミン研究へつながる先駆的な仕事だったんじゃよ。
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出典:大石学監修『一冊でわかる明治時代』河出書房新社、2024年、260頁。









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