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田沼意次とは?商業振興で幕府財政の立て直しを図った老中

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田沼意次たぬまおきつぐとは、江戸時代中期に10代将軍徳川家治とくがわいえはるのもとで政治を動かした側用人そばようにん・老中です。

賄賂わいろ政治家」として語られることもありますが、田沼たぬまの政治はそれだけでは説明できません。年貢に頼る幕府財政の限界を見て、商業・貿易・貨幣経済から収入を得ようとした人物でもありました。

目次

この記事でわかること

  • 田沼意次たぬまおきつぐの基本
  • 田沼たぬま政治が生まれた背景
  • 株仲間・運上うんじょう冥加みょうがとは何か
  • 長崎貿易・南鐐二朱銀なんりょうにしゅぎん蝦夷地えぞち調査
  • 賄賂わいろ政治という評価と見直し
  • 天明の飢饉てんめいのききん田沼たぬまの失脚

田沼意次たぬまおきつぐとは

田沼意次たぬまおきつぐは、9代将軍徳川家重とくがわいえしげ、10代将軍徳川家治とくがわいえはるの時代に出世し、側用人そばようにんから老中へ進みました。家治いえはるの信任を受け、幕府政治の中心で大きな影響力を持ちました。

田沼たぬまが重視したのは、米だけに頼らない財政です。享保の改革きょうほうのかいかくは年貢を中心に幕府財政を立て直そうとしましたが、江戸時代中期には商業や貨幣経済が大きく広がっていました。

田沼たぬまは、この変化を利用し、商業や貿易の利益を幕府財政に取り込もうとしました。

田沼たぬま政治の主な政策

田沼たぬまの政治は、商業・貿易・貨幣・開発を重視した点に特徴があります。

政策内容ねらい
株仲間の公認同業者組合を認め、運上うんじょう冥加みょうがを取る。商業から幕府収入を得る。
長崎貿易の活用俵物たわらものや銅などの輸出を重視する。貿易利益を増やす。
南鐐二朱銀なんりょうにしゅぎん銀貨を枚数で数える方向へ近づける。金銀貨幣の複雑さを整理する。
蝦夷地えぞち調査最上徳内もがみとくないらを派遣し、北方の実情を調べる。交易・開発・北方警備の可能性を探る。

株仲間と運上うんじょう冥加みょうが

田沼たぬま政治を理解するうえで重要なのが、株仲間です。株仲間とは、同じ業種の商人や職人が作る組合です。

幕府が株仲間を公認すると、商人たちは営業上の権利を得る代わりに、運上うんじょう冥加みょうがという税に近いお金を納めました。田沼たぬまは、商業活動を幕府の財源に結びつけようとしたのです。

この仕組みは、江戸の仕事と商売や貨幣経済の発展とも関わります。

長崎貿易と貨幣政策

田沼たぬまは、長崎貿易にも注目しました。俵物たわらものと呼ばれる海産物や銅などを輸出し、貿易利益を得ようとしました。

また、南鐐二朱銀なんりょうにしゅぎんを発行し、銀貨を重さで量る取引から、枚数で数える取引へ近づけようとしました。これは金貨・銀貨・銭貨が併存する江戸時代の貨幣制度の複雑さに対応する試みでもありました。

長崎貿易の仕組みについては、長崎と出島貿易の記事ともつながります。

蝦夷地えぞち開発への関心

田沼たぬまは、蝦夷地えぞちにも関心を向けました。最上徳内もがみとくないらを派遣し、アイヌとの交易、北方の地理、開発の可能性を調べさせます。

この計画は田沼たぬまの失脚によって本格的には進みませんでした。しかし、北方への関心は、のちの幕府の蝦夷地えぞち政策にもつながっていきます。田沼たぬまの構想は、国内財政だけでなく対外関係や北方問題にも目を向けたものでした。

賄賂わいろ政治という評価

田沼意次たぬまおきつぐには、「賄賂わいろ政治家」という強いイメージがあります。株仲間の公認や営業上の権利をめぐって、贈答や賄賂わいろが横行したと批判されたためです。

ただし、田沼たぬまの政策そのものと、政治運営の腐敗は分けて考える必要があります。商業や貿易を財源にしようとした発想には合理性がありました。一方で、その仕組みが特定の商人との結びつきや賄賂わいろ批判を招いたことも事実です。

評価見るポイント
再評価される点年貢に頼らず、商業・貿易・貨幣経済を財源にしようとした。
批判される点株仲間や商人との関係が賄賂わいろ・腐敗の批判を招いた。
注意点先進的な政策と政治腐敗への批判を分けて見る必要がある。

天明の飢饉てんめいのききんと失脚

田沼たぬま政治の時代には、天明の飢饉てんめいのききんが起こりました。浅間山あさまやまの噴火、冷害、凶作などが重なり、東北地方を中心に深刻な被害が出ました。

飢饉や物価高、社会不安は、田沼たぬま政治への批判を強めました。1786年に将軍家治いえはるが亡くなると、田沼たぬまは急速に力を失い、失脚します。

その後、老中松平定信まつだいらさだのぶによる寛政の改革かんせいのかいかくが始まります。寛政の改革かんせいのかいかくは、田沼たぬま政治への反動として語られることが多い改革です。

まとめ

田沼意次たぬまおきつぐは、江戸幕府の財政を年貢だけに頼らず、商業・貿易・貨幣経済から立て直そうとした政治家です。株仲間、運上うんじょう冥加みょうが、長崎貿易、南鐐二朱銀なんりょうにしゅぎん蝦夷地えぞち調査など、田沼たぬまの政策には重商主義的な特徴がありました。

一方で、商人との結びつきは賄賂わいろ政治という批判を招き、天明の飢饉てんめいのききんや社会不安の中で田沼たぬまは失脚しました。田沼意次たぬまおきつぐは、単なる悪役でも名政治家でもなく、江戸幕府が貨幣経済の時代へどう対応するかを示した人物として見ることが大切です。

参考資料

  • 国史大辞典「田沼意次たぬまおきつぐ」「株仲間」「南鐐二朱銀なんりょうにしゅぎん
  • 日本大百科全書「田沼意次たぬまおきつぐ」「天明の飢饉てんめいのききん
  • 『テーマ別だから政治も文化もつかめる江戸時代』

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