MENU
記事を探す

鎌倉時代の出来事一覧|武士の政権はこうして始まり、こうして終わった

目次

武士の時代が始まった瞬間

鎌倉幕府の成立(1185年11月〜1192年8月)

源頼朝が鎌倉に幕府を開き、政治の主役が貴族から武士へ交代。
戦える力を持つ人が、国を治める時代の始まりでした。
鎌倉幕府の成立とは?武士の政権が生まれた理由を解説


幕府が全国を動かす力を持つようになる

承久の乱(1221年5月)

朝廷が幕府を倒そうとしますが、勝ったのは武士。
この戦いで、幕府は名実ともに日本のトップになります。
承久の乱とは?朝廷と幕府の力関係が逆転した戦い


六波羅探題の設置(1221年6月〜)

幕府は京都に役所を置き、天皇や貴族の動きを監視。
武士が、貴族の政治を管理する新しい時代の象徴でした。
六波羅探題とは?鎌倉幕府が京都に置いた“もう一つの政府”をやさしく解説


うまくいかなくなった武士の政治

元寇(1274年10月・1281年7月)

日本は守れましたが、武士に十分な恩賞はありませんでした。
ここから幕府への不満が広がり、力が弱まっていきます。
元寇とは?なぜ武士の不満が高まったのか


鎌倉仏教の広がり(13世紀前半〜)

戦や貧しさに苦しむ人々の心を支えた新しい仏教。
政治だけでなく、人の生き方まで変えていきました。
鎌倉仏教とは?なぜ人々の心をつかんだのか


天皇が武士の政権に挑む

正中の変(1324年9月)

後醍醐天皇の倒幕計画は失敗。
しかしここから、本格的な倒幕の動きが始まります。
正中の変とは?後醍醐天皇が最初に倒幕を狙った事件をやさしく解説


元弘の変(1331年8月)

再び立ち上がった後醍醐天皇。
この戦いから、鎌倉幕府の運命が大きく傾き始めました。
元弘の変とは?後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒した大転換の戦いをやさしく解説


日本中が戦場になった倒幕のうねり

笠置山の戦い(1331年9月)

後醍醐天皇がついに挙兵。
倒幕は、ひそかな計画から全国規模の戦いへ変わりました。
笠置山の戦いとは?元弘の変で後醍醐天皇が立てこもった戦いをやさしく解説


赤坂城の戦い(1331年12月)

楠木正成が、少人数で幕府軍を翻弄。
知恵と工夫で戦う、新しい武士像が注目されました。
赤坂城の戦いとは?元弘の変で楠木正成が幕府軍に挑んだ城攻防戦をやさしく解説


楠木正成の赤坂城奪還(1332年4月)

失った城を奇襲で取り返す大逆転。
倒幕側の士気が、一気に高まりました。
楠木正成の赤坂城奪還とは?元弘の変で幕府軍を翻弄した逆転劇をやさしく解説


千早城の戦い(1333年2月)

城にこもって敵を疲れさせる作戦が成功。
武士の戦い方そのものを変えた戦いでした。
千早城の戦いとは?楠木正成が幕府軍を苦しめた名城防衛戦をやさしく解説


唐崎浜の戦い(1332年10月)

赤松円心の奇策で、西国にも倒幕の動きが拡大。
戦いが全国に広がっていることを示しました。
唐崎浜の戦いとは?南北朝時代のはじまりを告げた重要な合戦


竹ノ下の戦い(1333年4月)

幕府軍が敗れ、戦の流れが完全に逆転。
ここから幕府の滅亡は、時間の問題になります。
竹ノ下の戦いとは?幕府敗北の決定打


鎌倉へ迫る決戦のとき

新田義貞の進軍(1333年4月)

東国の武士が動き、鎌倉幕府に最後の一撃を加える流れが生まれます。
倒幕は、いよいよ最終段階へ。
新田義貞とは?鎌倉幕府を倒した武将


久米川の戦い(1333年5月10日ごろ)

義貞軍が初戦に勝利し、勢いに乗ります。
多くの武士が「幕府に勝てる」と感じた瞬間でした。
久米川の戦いとは?進軍を支えた最初の勝利


分倍河原の戦い(1333年5月16日)

幕府軍を破った決定的な一戦。
ここで多くの武士が倒幕側に寝返ります。
分倍河原の戦いとは?勝敗を分けた転機


関戸の戦い(1333年5月18日)

鎌倉を守る最後の防衛線が突破されました。
幕府の滅亡が、現実のものとなります。
関戸の戦いとは?鎌倉防衛線崩壊の瞬間


稲村ヶ崎の戦い(1333年5月21日)

干潮を狙った奇策で、海から鎌倉へ突入。
常識を破った作戦が、歴史を動かしました。
稲村ヶ崎の戦いとは?海からの突破劇


ついに終わる武士の政権

鎌倉攻め(1333年5月22日)

新田義貞の軍が鎌倉に突入。
150年続いた武士の政権が、ついに崩れます。
鎌倉攻めとは?幕府が滅びた最後の戦い


鎌倉幕府の滅亡(1333年5月22日)

北条一族が滅び、鎌倉幕府は終わりを迎えました。
しかし日本の混乱は、ここからさらに深まります。
鎌倉幕府の滅亡とは?なぜ終わったのか


その後の日本はどうなったのか

建武の新政(1333年6月〜1336年8月)

後醍醐天皇が新しい政治を始めますが、武士とのズレが拡大。
理想に燃えた改革は、わずか3年で行き詰まります。
建武の新政とは?理想と失敗の理由


光厳天皇の践祚(1331年9月)

足利尊氏が別の天皇を立て、日本は南北朝時代へ。
鎌倉幕府の終わりは、新たな混乱の始まりでした。
光厳天皇の践祚とは?元弘の変の混乱の中で誕生した北朝初代天皇をやさしく解説


鎌倉時代の終わりを動かした人物

後醍醐天皇

武士の政権に正面から挑み、歴史を大きく動かした天皇。
成功と失敗の両方を残した、転換期の象徴的存在です。
後醍醐天皇とは?倒幕を成功させた天皇の人物像

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次