鎌倉時代は、源頼朝が武士の政治を形にし、北条氏が幕府を支え、元寇後の不満から鎌倉幕府滅亡へ向かった時代です。
このページでは、鎌倉時代の主な出来事を、ただ年表として並べるのではなく、成立期・安定期・動揺期の3つの流れに分けて整理します。
「どの出来事が、鎌倉時代のどの変化につながったのか」を意識しながら読むと、武士の政治がどのように始まり、強まり、そして滅びへ向かったのかが見えやすくなります。
鎌倉時代の出来事は、3つの流れで見るとわかりやすい
鎌倉時代の出来事は、武士の政治が始まり、幕府が強まり、元寇後に揺らいで滅びへ向かう流れで整理できます。
鎌倉時代の主な出来事をざっくり年表で見る
まずは、鎌倉時代の出来事を大きな流れで見てみましょう。細かい出来事をすべて覚えるよりも、どの出来事が「成立期」「安定期」「動揺期」につながるのかを意識すると理解しやすくなります。
出来事で見る、鎌倉時代の大きな流れ
源頼朝が御家人をまとめ、鎌倉を拠点に武士の政治が形づくられていきます。
承久の乱、六波羅探題、御成敗式目によって、幕府の力と武士社会のルールが整います。
元寇後に御家人の不満が高まり、後醍醐天皇の討幕運動を経て鎌倉幕府は滅びます。
1. 成立期の出来事|源頼朝が武士の政治を形にした
成立期の出来事では、源頼朝が鎌倉を拠点に武士をまとめ、幕府の仕組みが少しずつ整っていく流れを見ていきます。
鎌倉幕府の成立
武士が政治の中心に立った大転換
源頼朝が鎌倉を拠点に武士をまとめ、貴族中心の政治から武士中心の政治へと時代が動き出しました。
関わった人物:源頼朝
詳しく読む →源頼朝・御家人・御恩と奉公・守護と地頭の流れは、こちらの記事で詳しく整理しています。
鎌倉時代の成立期を読む →2. 安定期の出来事|北条氏と執権政治で幕府が強まった
安定期の出来事では、源頼朝の死後に揺れた幕府を、北条氏がどのように支え、武士の政治を安定させていったのかを見ていきます。
頼朝の死後、幕府が揺れる
頼朝個人の力から幕府の仕組みへ
源頼朝が亡くなると、将軍家の不安定さや御家人同士の対立が表面化し、幕府を誰が支えるのかが大きな問題になりました。
関わった人物:源頼朝/北条政子/北条氏
詳しく読む →承久の乱
朝廷より幕府の力が強まった戦い
後鳥羽上皇が幕府を倒そうとしましたが、幕府側が勝利し、武家政権の優位がはっきりしました。
関わった人物:後鳥羽上皇/北条義時/北条政子
詳しく読む →六波羅探題の設置
幕府が京都を見張る仕組みを置いた
承久の乱のあと、幕府は京都に六波羅探題を置き、朝廷や西国の動きを監視するようになりました。
関わった人物:北条氏/鎌倉幕府
詳しく読む →鎌倉仏教の広がり
不安の時代に人々の心を支えた教え
戦や貧しさ、不安の中で、わかりやすく心の支えになる新しい仏教が広がっていきました。
関わった人物:法然/親鸞/道元/日蓮など
詳しく読む →北条氏・執権政治・承久の乱・御成敗式目の流れは、こちらの記事で詳しく整理しています。
鎌倉時代の安定期を読む →北条氏の内部抗争(1203〜1285年)
源頼家を支えた比企氏が北条氏に滅ぼされた事件。北条時政が初代執権に就任した。
→ この出来事を詳しく読む忠義の武将・畠山重忠が北条軍に討たれた事件。御家人排除の象徴的な出来事。
→ この出来事を詳しく読む北条時政が失脚し、北条義時が2代執権となった事件。北条氏内部の権力移動。
→ この出来事を詳しく読む北条義時打倒を図った陰謀事件。和田義盛が連座し、和田合戦の引き金となった。
→ この出来事を詳しく読む侍所別当・和田義盛が北条義時に挑んだ戦い。北条氏が幕府の二大機関を掌握した。
→ この出来事を詳しく読む三浦氏が滅亡し、北条得宗家への権力集中が決定的になった戦い。
→ この出来事を詳しく読む安達泰盛と平頼綱が対立し、御家人合議が終わった事件。得宗専制の完成形。
→ この出来事を詳しく読む北条本家(得宗)が幕府を一手に掌握した政治体制。比企・和田・三浦・霜月騒動を経て完成した。
→ この仕組みを詳しく読む3. 動揺期の出来事|元寇から鎌倉幕府滅亡へ
動揺期の出来事では、元寇をきっかけに御家人の不満が高まり、鎌倉幕府が滅亡へ向かう流れを見ていきます。出来事が多いため、ここでは「元寇と御家人の不満」と「討幕運動と鎌倉幕府滅亡」に分けて整理します。
3-1. 元寇と御家人の不満
元寇
勝ったのに幕府が苦しくなった戦い
日本は元軍を退けましたが、防衛戦だったため新しい土地を得られず、御家人への恩賞問題が残りました。
関わった人物:北条時宗/御家人
詳しく読む →平禅門の乱
北条貞時が内管領・平頼綱を討った転換点
得宗専制を支えた内管領・平頼綱が北条貞時によって誅殺された事件。得宗専制の絶頂と崩壊の始まり。
関わった人物:北条貞時/平頼綱
詳しく読む →永仁の徳政令
御家人を救おうとしたが、幕府の苦しさも見えた政策
幕府は御家人の土地を取り戻させようとしましたが、御家人の生活苦を根本的に解決することはできませんでした。
関わった人物:鎌倉幕府/御家人
詳しく読む →元弘の変
鎌倉幕府の運命が大きく傾き始めた出来事
後醍醐天皇が再び倒幕へ動き出し、鎌倉幕府滅亡へ向かう大きな流れが生まれました。
関わった人物:後醍醐天皇/楠木正成/鎌倉幕府
詳しく読む →3-2. 討幕運動と鎌倉幕府滅亡
笠置山の戦い
倒幕が全国規模の戦いへ動き出した
後醍醐天皇が笠置山にこもり、幕府と戦いました。倒幕計画は、ひそかな動きから実際の戦いへ変わっていきます。
関わった人物:後醍醐天皇
詳しく読む →竹ノ下の戦い
建武政権を揺るがした、足利尊氏の決起
1335年(建武2年)、足利尊氏が新田義貞の軍を駿河国竹ノ下で破り、建武政権は崩壊へ向かいました。
関わった人物:足利尊氏/新田義貞
詳しく読む →鎌倉幕府の滅亡
武士の政治が次の形へ動き出した
北条一族が滅び、鎌倉幕府は終わりました。しかし武士の政治は終わらず、次の室町時代へつながっていきます。
関わった人物:北条高時/新田義貞/後醍醐天皇
詳しく読む →建武の新政
鎌倉幕府のあとに始まった新しい政治
後醍醐天皇が天皇中心の政治を目指しましたが、武士とのずれが大きくなり、やがて新たな混乱へ向かいます。
関わった人物:後醍醐天皇/足利尊氏
詳しく読む →元寇後の恩賞問題、御家人の不満、後醍醐天皇の討幕から鎌倉幕府滅亡までの流れは、こちらの記事で詳しく整理しています。
鎌倉時代の動揺期を読む →まとめ|出来事から見ると、鎌倉時代の変化が見えてくる
鎌倉時代の出来事を追うと、武士の政治がどのように始まり、強まり、そして揺らいでいったのかが見えてきます。
鎌倉幕府の成立は、武士が政治の中心に立つ大きな転換点でした。承久の乱や御成敗式目によって幕府は強くなりましたが、元寇後の恩賞問題によって御家人の不満が高まり、やがて幕府滅亡へ向かっていきます。
鎌倉時代の出来事は、ただの年表ではありません。土地を守り、主君に仕え、家を守ろうとした武士たちの生き方や、武士の政治が抱えた限界を考える入口でもあります。
鎌倉時代をもっと整理して読む
出来事だけでなく、全体の流れや人物から読むと、鎌倉時代の理解がさらに深まります。

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