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時代まとめ|1185年ごろ—1333年
鎌倉時代を、流れとつながりから理解する武士が政治の中心へ進み始めた時代
約150年の鎌倉時代を貫く変化は、政治を担う人と、その仕組みが変わったことです。
年号を覚える前に、土地を守る武士がどう結びつき、政治を動かし、なぜ幕府が崩れたのかを見ていきましょう。

ひこまるお師匠!鎌倉時代って、どうして「武士の時代」って言われるの?平安時代にも武士はいたんじゃないの?



よい疑問じゃ、ひこまる。武士は平安時代からいたんじゃよ。ただ、政治を動かしていたのは貴族じゃった。鎌倉時代は、武士が初めて政治の中心に立った時代——それが「武士の時代」と呼ばれる理由じゃ。
01|OVERVIEW
鎌倉時代の全体像
細かな事件に入る前に、約150年を「成立・全国化・負担増・弱体化」の流れでつかみます。
貴族中心の政治政治の担い手が変わる武士による政治へ
- 武士の成長土地を守る力が必要になる
- 源平合戦平氏政権が滅び、源氏が台頭
- 鎌倉幕府の成立武士による政治が形になる
- 承久の乱朝廷に対する幕府の優位が強まる
- 二度の元寇防衛を担う御家人の負担が増す
- 鎌倉幕府滅亡不満と倒幕の動きが重なる
時代の骨格:土地を基盤に武士の政権が成立し、全国へ力を広げた一方、元寇後は御家人を支える仕組みが揺らぎ、幕府の弱体化へつながりました。
鎌倉時代の出来事をすべて見る→02|ORIGIN
なぜ武士の時代が始まった?
出来事の順番ではなく、地方武士の成長から頼朝の政権づくりまでの因果関係を見ます。
地方の土地を守るため、武力が必要になる
荘園や公領をめぐる争いに対応するなかで、地域に根ざした武士が力をつけました。
同族や土地のつながりから、武士がまとまる
武士団は朝廷や貴族にも利用され、戦いと土地支配の担い手になっていきました。
源頼朝が主従関係を政治の仕組みにする
頼朝は武士を御家人として組織し、土地を仲立ちにした全国的な武士政権の基盤を築きました。
始まりの要点
地方で成長した武士を、頼朝が御家人として組織したことで、武士の力が政治の仕組みになりました。


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