室町幕府3代将軍・足利義満の後を継いだ、4代将軍・足利義持(あしかが よしもち)。
派手さとカリスマで時代を動かした父に対して、義持が選んだのは「引き締め」です。
外交は強気に、政権運営は現実的に。
その結果、幕府は“安定”に向かう一方で、各地に“緊張”も生まれていきました。
プロフィール|足利義持の基本情報
ひと言ポイント:父の“最盛期”の次は、誰でも苦しい。
- 名前:足利義持(あしかが よしもち)
- 生没年:1386年–1428年
- 立場:室町幕府 第4代征夷大将軍
- 将軍在任:1394年〜1423年(応永元年〜応永30年)
- ※ただし父・義満が存命の間は実権が薄く、義満没後に「義持色」が強まります
- 父:足利義満
- 嫡男:足利義量(5代将軍)
何をした?|義持の“引き締め政治”の中身
ひと言ポイント:派手な拡張より、足元の統治。
2-1. 外交|明との関係を“あえて”切る
義満の時代に始まった日明貿易(勘合貿易)は、儲かる一方で「明の秩序に組み込まれる」面もありました。
義持はこれを屈辱とみなし、明との外交関係を断ち、貿易も中断へ向かいます
- 狙い:将軍権威の“独立”を守る(=外からの格付けに頼らない)
- 代償:貿易利益の縮小、対外問題(倭寇問題など)の火種が残る
2-2. 政権運営|幕府内と地方を締め直す
義満の強権とカリスマが薄れると、守護大名や地方権力は「言うことを聞かない」方向へ揺れます。
義持はここを放置せず、政務を引き締めて“幕府の形”を保とうとしました
- 「好きにやらせる」ではなく「統治のルール」を戻す
- ただし、引き締めは反発も生む(後述の敵対勢力・火種につながる)
2-3. 関東(鎌倉)との綱引き|鎌倉公方との緊張
京都の将軍(室町幕府)と、関東を握る鎌倉公方の関係は、義持の時代に不安定さが増していきます。
関東では内乱(上杉禅秀の乱)も起こり、幕府も無関心ではいられませんでした
影響力|義持が残した“安定”と“緊張”
ひと言ポイント:安定は、必ず誰かの不満を踏む。
義持の影響は、ざっくり2方向です。
プラス:幕府の“形”を保った
義持の治世には重大事件や争乱がありつつも、歴代将軍の中では比較的安定した政権を築いた、とされます
(派手さはないが、統治の骨格を守った)
足利義持の時代に何が起こったか(重要トピック年表)
ひと言ポイント:「事件が多い=政権が揺れていた証拠」。
- 1394年:将軍職を継承(名目上の就任)
- 1408年:足利義満が死去。以後、義持の独自色が強まる
- 1411年前後:明との外交を拒み、関係断絶方向へ
- 1416年:上杉禅秀の乱(関東の内乱)
- 1419年:応永の外寇(朝鮮王朝の軍が対馬を攻撃)
- 1423年:将軍職を足利義量へ譲る(義持は大御所的立場へ)
- 1425年:義量が死去
- 1428年:義持死去(後継は最終的に足利義教へ)
国内情勢|義持が抱えた“統治の現実”
ひと言ポイント:中央が弱ると、地方が強くなる。
義持の時代は、室町幕府が「全国の守護大名を束ねる仕組み」を維持できるかどうかの勝負でした。
- 義満の死後、幕府の求心力が落ちやすい局面
- 関東では有力者の対立が表面化(上杉禅秀の乱)
- 対外では海の治安・外交の問題(応永の外寇)
つまり義持は、
**「国内の統治」+「関東の火消し」+「対外の圧」**を同時に抱えた将軍でした。
敵対勢力・味方|義持の“政権地図”
ひと言ポイント:味方は固定じゃない。状況で入れ替わる。
敵対・対立になりやすい相手(代表例)
- 関東の反乱勢力:上杉禅秀の乱のような内乱勢力
- 鎌倉側の自立志向:鎌倉公方の動きが強まると、京都との緊張が上がる
- 対外勢力:朝鮮王朝(応永の外寇)
- 外交の相手国:明(関係断絶の影響は大きい)
味方(政権を支える側)
- 幕府の奉公衆・政務スタッフ層(中央の実務を回す集団)
- 京都側に付く守護大名・関東討伐に動く勢力(内乱鎮圧で協力)
※「この人が常に味方」というより、幕府に利がある側が味方になる、という空気が強まっていく時代です。
まとめ|義持は“派手さ”を捨てて、幕府を延命した
足利義持は、父・義満のように外交で名声を取りに行った将軍ではありません。
むしろ、外交を断ち、政権を締め、火種を消し続けた将軍でした。
その結果、幕府は一定の安定を得た一方で、
関東や地方には緊張が残り、次の時代へ“難しい宿題”を渡していきます
次におすすめ
- 室町時代の流れを先につかむ → 「室町時代まとめ)」
- 義持の時代を揺らした関東の内乱 → 「上杉禅秀の乱とは?関東が割れた3か月」
- 海の向こうから来た衝撃 → 「応永の外寇とは?朝鮮が対馬を攻めた理由」
- 次の将軍と“くじ引き将軍”へ → 「足利義量とは?短命に終わった5代将軍」 / 「足利義教とは?なぜ“くじ”で将軍が決まったのか」
参考文献・資料
- 『足利義持』項(Wikipedia日本語版)
- 『上杉禅秀の乱』項(Wikipedia日本語版)
- 「日明貿易(勘合貿易)の展開」解説
- Ming dynasty関連史料(義持の対明対応)

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