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日本史に登場する人物をやさしく解説します。武将・天皇・文化人など、名前は知っているけれどよく知らない人物を、エピソード付きで紹介します。
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人物
飯沼正明とは?「神風号」が特攻ではない理由をやさしく解説
飯沼正明は、1937年に国産機「神風号」を操縦し、東京からロンドンまでの長距離飛行を成功させた民間飛行士です。 ここでいう「神風」は、戦争末期の特別攻撃隊ではありません。国産航空機の技術と国際親善を象徴する機体名でした。飯沼の生涯から見えてく... -
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吉田松陰とは?黒船密航の失敗を教育へ変えた思想家の生涯
吉田松陰は、黒船来航後に海外渡航を試みて失敗し、幽囚中の教育を通して幕末の若者に大きな影響を与えた思想家・教育者です。 松陰の生涯は「行動する人」という一言だけでは捉えられません。規則を破ってでも学ぼうとする大胆さは、密航未遂や投獄を招き... -
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広瀬武夫と橘周太とは?日本最初期の「軍神」が生まれた理由
広瀬武夫と橘周太は、日露戦争の別々の戦場で命を落とし、死後に海軍と陸軍を代表する「軍神」として知られた人物です。 広瀬は沈みゆく閉塞船で行方不明の部下を捜し、橘は首山堡の戦闘で重傷を負いながら部下を励ましたと記録されています。ただし、確認... -
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和気清麻呂とは?宇佐八幡宮神託事件で原則を貫いた官人
和気清麻呂は、奈良時代末期の宇佐八幡宮神託事件で、道鏡の皇位継承を認めない神託を朝廷へ報告した官人です。その結果、名を変えられ、大隅国へ流されました。後世、清麻呂は「道鏡の野望を防いだ忠臣」として称えられました。ただし、道鏡がどのような... -
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楠木正成とはどんな人?史実と「忠臣の鑑」の物語を分けて見る
楠木正成は、鎌倉幕府の打倒を目指す後醍醐天皇を軍事面で支えた武将です。千早城では少ない兵で幕府軍を足止めし、1336年の湊川の戦いで敗れて亡くなりました。後世、正成は「忠臣の鑑」として称えられました。しかし、「桜井の別れ」や湊川出陣前の進言... -
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佐久間勉とは?潜水艇事故で残した記録と「沈勇」の教え
佐久間勉は、1910年の第六潜水艇沈没事故で、13人の部下とともに亡くなった海軍軍人です。酸素が失われる艇内で事故の経過と部下の遺族への配慮を書き残したことで、「沈勇」の人物として知られました。しかし、この出来事を美しい最期だけで語ることはで... -
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木口小平とは?「死してもラッパを離さず」は史実か、修身教科書が作った兵士像
木口小平は、日清戦争の成歓の戦いで戦死した陸軍のラッパ手です。戦後、「死んでもラッパを口から離さなかった兵士」として教科書に描かれ、多くの子どもに知られる存在になりました。ただし、確認できるのは木口がラッパ手として出征し、戦死したことで... -
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元田永孚とは?明治天皇の教育思想を支えた儒学者
元田永孚は、明治天皇に儒学を講じ、明治初期の道徳教育に深く関わった熊本出身の儒学者です。教育勅語の起草では、仁義忠孝を重んじる教育思想を提示し、井上毅とともに最終文面を形づくりました。 教育勅語を歴史から考える|全10回シリーズ ← 前へ 1234... -
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井上毅とは?教育勅語の起草に込めた思想
井上毅は、大日本帝国憲法と教育勅語の起草に重要な役割を果たした明治政府の法制官僚です。教育勅語では、天皇の言葉が法律や命令のような強制力を持たないよう配慮しながら、近代国家を支える道徳を文章にまとめました。 教育勅語を歴史から考える|全10... -
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吉田松陰と松下村塾|なぜ小さな私塾から維新の志士が育ったのか
吉田松陰は、長州藩の兵学者・教育者であり、松下村塾を通して幕末の若者たちに大きな影響を与えた人物です。 松陰が後世に残した最大のものは、完成した政治制度ではありません。身分や年齢だけで人を判断せず、一人ひとりの長所を見つけ、学んだことを行...
